メイギカ 第2章 第31話 〜秘密のお医者さん〜

 

天空は部屋に着くとベッドにくたっと倒れこんだ。

遙は水を汲んで持っていく。天空は少し体を起こし喉を小さく鳴らして飲みほした。
ついでに水でしぼった布をおでこに乗せてやる。

 

「ソラちゃん、私何か食べるのも貰ってくるね。何か食べたいものある?」

「ううん…あんまり食欲ないみたい」

「もう、だめだよ。何か食べられそうで栄養とれるもの探してくるから休んでて」

 

遙はそう言って部屋を出た。ロビーに降りて、事情を説明する。

 

「友達が体調を崩してしまったんです。何か食べやすくて栄養が取れるものないですか?」

 

受付の主人は困ったように眉尻を下げた。

 

「悪いねぇ、ここは食事の提供はしてないんだよ。だから・・・」

「外の通りに行けばいろいろ売ってるわよ」

 

受付の奥から人の良さそうなおばさんが手をふきふき出てきて言った。

 

「ここの面してる大通りには出店がたくさん出てたでしょ。いろいろ売ってるわよ。

食べやすいものと言えば…あれよ、ジェリーとかがいいんじゃないしら。あったかいスープも売ってるわ」

「本当ですか!わかりました、ありがとうございます!さっそく行ってきますね!」

 

風のように出て行った遙を笑顔で見送る宿の夫妻。

 

「やさしい良い子よねぇ。仁さまのお知合いなんでしょ。かわいい子ね」

「そうなんだよ、あの方がうちにお知り合いを招待するなんて初めてだったからどんな方かと思ったが」

「さすがに貴族方ではないと思ってたけど、やっぱり仁さまのお知り合いよねぇ。何かオーラを感じるわぁ」

「オーラか…確かに、なんか不思議な雰囲気を持った子だよなぁ…」

 

 

そんな話をされていることもつゆ知らず、遙は出店でにぎわう大通りをきょろきょろしながら歩いていた。

 

「すごい人通り。やっぱご飯時だからかなぁ…。あっ」

 

おばちゃんの言っていたジェリーを売っているお店を見つけた。

人込みをかき分けかきわけ、その店に向かう。

 

「ジェリーってぷるぷるしてすっきりしてておいしいんだよなぁー…」

 

そう独り言を漏らしながら店の前に着くと、出店の元気なおねーさんが声をかけてくる。

 

「いらっしゃいお姉ちゃん!何味がいい?」

「うーん。一番すっきりしてておいしいのはどれですか?」

「すっきり?そうだなーオレンジとかパイナップル、グレープフルーツなんかスッキリだね!

どうしたのさ?甘いのは苦手?」

「実は友達が今体調崩してて…そんな人でも食べられそうなものを探してたんです」

「そうかい…大変だねぇ。よーし、おまけしていろんな味を入れといてやるよ。好きなの食べれるようにね。

もちろんお代は一つ分でいいからさ」

「えっ。いいんですか?」

 

驚いて尋ねると、おねーさんはニカッと笑って大きな器に手際よくジェリーを入れてくれた。

色とりどりの透き通ったジェリーが見た目にもおいしそう。

 

「いいんだよ。体調悪いときはあんまりもの食べれないけど、ジェリーなら食べれるだろ?」

「あっ。やっぱりそうですよね!すっきりしてるし、つるっと入るからなんだか食べられるんですよね」

「うんうん。あたしもそういう経験イッパイしてるからさ。元気ない人を見るとジェリーたべさせたくなるんだよ」

「うわぁ〜。だからおねーさんはジェリー屋さんなんですか?」

「そうそう。もちろん元気な人にも食べさせてやるけど!」

「あはっ!じゃあ私はもっと元気になっちゃいますね!」

「ははは!それはジェリー屋冥利に尽きるな〜」

「ふふっ。じゃぁ、私の分はストロベリー味で!」

「あいよっ」

 

ストロベリー味も入れてもらって、お代を払う。
量がたっぷりの割にお安い。もう少し払えると言ってみたものの、取り合ってくれないのでありがたく頂くことにした。

 

「お友達の体調が良くなるといいな!」

「はい」

 

そう言ったものの、天空の体調を考えると不安になる。

もしひどい病気だったら。治るのだろうか。死んでしまったりしないだろうか。
つい浮かんでしまう不吉な考えを無理やり否定していく。

天空の辛そうな様子を見ていると、母親のことを思い出してしまう。

 

母さん。病気で死んだ母さん。

体を悪くしてからはよく咳をしてた。ふらふらと急に倒れたりした。痩せて、やつれ、髪も薄くなった。起き上がれなくなった。 そして・・・

ソラちゃんはそうじゃないんだって。薬も飲んでいるし。きっと良くなるよ。

そう言い聞かせて自分を納得させないと、天空と母の姿が重なるのだ。

天空の弟大地も、姉の体調が悪くなるたびにつきっきりで看病する。
その姿もあの頃の自分を思い起こさせ、苦しい気持ちになるのだ。

 

顔を曇らせた遙に、おねーさんは心配そうに聞く。

 

「その子そんなに悪いのかい?薬は飲んでるの?」

「はい。薬はずっと飲んでます。でも治らなくて・・・。たまに体調を崩しちゃうんです」

「そうなのかい…。薬で治せない病気もたくさんあるし…ってごめん!いや、友達がそうと決まったわけじゃないからさ」

 

あわてて弁解するおねーさん。遙は大丈夫ですと笑顔を見せた。

 

「大丈夫ですよ。腕のいい薬屋さんが調合してくれてる薬だし。体調崩しちゃう時ってたいてい無理しちゃったときだから、

気をつけてれば元気にしてますし」

「そーかそーか。よかった!でも大変だよな、薬代もバカにならないだろうに。あたしら庶民も手術とか受けられればいいのにね」

「しゅじゅつ?」

 

はじめて聞く言葉だ。

 

「手術知らない?なんか痛くしない魔法かけて、お腹切って悪いところをとるんだってさ。薬で治らない病気もそれで治るらしいよ」

「そんなことができるんですか!?」

「そうなんだよ。でも受けられるのはもっぱら貴族で、庶民もめったに受けられないお高ぁ〜い治療法なんだってさ」

「そうなんですか…」

「そーいえば昔噂で庶民以下の病人の治療、その手術ってやつをしてくれるお医者さんがいるって話があってさ」

「えええーっ!!」

 

遙の話題への食い付きっぷりに、おねーさんも仕事そっちのけで身を乗り出し話を聞かせる。

 

「なんでも、どんな貧乏でも気に入った人には治療してくれるらしいんだ。でも秘密のお医者さんだからどこにいるかも誰も知らない」

「じゃあどうしてそんな噂が流れたんですかね?」

「いるんだよ」

「何がです?」

「治療してもらった人が。あたしも人づてに聞いた話だからよくしらないけどね」

「ええっ!その人誰だか分りませんか!?」

「ごめんよ。さすがにそこまではこのあたしでもわからないんだなー」

「そうですか…」

「そんな落ち込むなよー。あくまで噂だよ。…あっ」

 

がっかり落ち込んだ遙を慰めるおねーさんは、誰かを見つけて声を上げた。

 

「おい、あんた!あたしがその噂を聞いた人がいるよ!おーい!!リッカー!」

「えっ!」

 

振り向いたのはおねーさんより少し年上の大人の女性。

呼ばれた女性は首をかしげ、笑顔で店までやってきた。

 

「どうしたのよミズ」

「なーリッカ。秘密のお医者さんの話詳しく聞きたい子がいるんだって!」

「え。それってシイの話?」

「そうそう。この子の友達も長いこと病気で薬をず〜っと飲んでるんだって」

 

今の会話から察するにジェリー屋のおねーさんミズはこの大人の女性リッカから秘密のお医者さんの話を聞いたらしい。
そしてその秘密のお医者さんとリッカの知り合いシイが何らかのかかわりがあるようである。

そこまで理解した遙は、大人の女性リッカに頭を下げた。

 

「お願いします。お話を聞かせてもらえませんか?なんでもいいから可能性が知りたいんです」

「あたしからも。なーんかこの子一生懸命でさ、つい応援したくなっちゃうんだよね」

「ええ、別にいいけど…でも、もう1年ぐらい前の話よ」

 

リッカの話によると、リッカの知り合いのシイという男性が弟を病気から救うために「秘密のお医者さん」に会いに行ったそうだ。

シイがどうやって秘密のお医者さんに会えたのか、どうして治療してもらえたかはわからないが、弟はすっかり元気になって、今は兄弟で元気に旅に出ているそうな。

 

「シイは詳しく教えてくれなかったのよ。口止めされてるのかよくわからないけどね。でもものすごく腕はいいみたい。

ほんとに死にかけてた人が旅に出ちゃうんだもの」

「すごい・・・」

「ほんとにわかんないの?外見とか…」

「うーん。覚えていないわ…教えてもらったかもわからないもの」

「そうですか…ありがとうございます。そういう人が本当にいたってわかっただけで十分です!」

 

遙が笑顔で言うと、ミズがつられてニカッと笑った。

 

「そうだよ、可能性はあるってことじゃん」

「ごめんなさいね、役に立てなくって」

「全然平気です!これから自分でもいろいろ調べてみます。そのシイさんて方は会えたんですから、私も会えるかも知れないし」

「うんうん。がんばれー!…と。そういえばあんたの名前聞いてなかったね。せっかくだし教えてもらえるかい?」

「あ、はい!私、遙っていいます!」

「遙か。よろしくな!あたしは水流(みずる)だよ。ミズって呼んで」

「ついでに私は六花(りっか)よ。よろしくね、はるちゃん」

「よろしくお願いします!…私、王都には滅多に来れないかもしれないですけど、またお話ししてください!」

「そっか、ここの人じゃないんだ。うん、また来ることになったらきっと寄ってくれよ!おまけしてやるから」

「ははっ!ミズさん、そんなこと言ってると何度でも来ちゃいますよー」

「何度だって友情価格だ!てわけで六花、お前も買ってけ」

「はいはい」

「あ、ごめんなさい。私そろそろ行きます。お休みなさい!ミズさん、六花さん!」

「ばーい!またな〜」

「今度うちの店も紹介するわねー。ばーい」

「はーい!ほんとにありがとうございましたー!!」

 

お店を出る。

 

「長居しちゃったな。ソラちゃんに早くジェリーもっていってあげよう!」

 

器のジェリーがぷるぷる揺れる。

 

(秘密のお医者さん…)

出会うことができたら、天空の病気を治すことができる?

大切な人を失わなくてすむ?

 

戻ろうかときびすを返したところで、もくもくと立ち上る湯気に気を取られふらふらと向かった。

 

「わぁ。たまごスープだー」

 

結局たまごスープも購入し、よろめきつつ抱えながら部屋へと戻った遙だった。

 

「ただいまー!ソラちゃんごめんね遅くなっちゃってっ!」

 

部屋に入ると声を聞いた天空はゆっくり体を起こす。ろうそくの薄暗い明りで、余計に顔色が悪く見えた。
遙はベッドの脇に買ってきたものを置き、椅子を引いて枕元に座った。

 

「お帰り。何かいいものでも見つけたの?」

「へへ…あのね。…これ、ジェリー買ってきたから!はい!」

 

遙は一瞬秘密のお医者さんの話をしようかと思ったがやめた。
天空が「手術」でもしなきゃ治らない病気と確定したわけではないし、秘密のお医者さんの話も不確かな部分が多すぎる。

変に話をして天空がどう思うかが少し怖かった。

 

天空はたくさんのジェリーを見てにっこり微笑んだ。

 

「おいしそう!きれいな色ね。いただきます」

「いただきまーす。あ、スープもあるから飲んでいいよ」

「ありがとう遙ちゃん。…ジェリーっていつ食べてもおいしいわね」

「そうだよね!ジェリー屋さんのお姉さんとそう話してたんだ」

 

結局天空は半分くらいしか食べられなかったが、スープも少し飲み、温まったのか少し顔色がよくなった。

 

「ソラちゃん、体調はどう?」

 

食べ終わって落ち着いたころ、遙はおずおずと聞いた。
きっと決まった返事しか返ってこないけど。

 

「大丈夫。休めばすぐ良くなるわ」

「本当に?無理しないでね?」

「だーいじょうぶ」

「…うん。じゃぁ、ゆっくり休んでね」

 

天空の額の布を変えてから、遙は器を片づけに部屋を出た。

戻ると天空はもう眠ったようだった。

 

(私が戻るの待っててくれたのかな)

 

だとしたら、話に夢中で待たせてしまった自分が申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

小さくため息をつき、遙も眠る支度を始める。

たまに聞こえる天空の苦しそうな息遣いに胸が詰まる。

布団に入って目をつぶっても、なかなか寝付けなかった。

 

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一言:危険?

次は遙と天空の出会い回想です。

 

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あんまりはかどってないですけど・・・