メイギカ 第2章 第33話 〜天空、危篤〜

 

「後の仕事はやっとくからー」

「え?」

 

店の手伝いをしていた遙は、急な来夜の一言に動きを止めた。

来夜を見るが、いつものように注文を受けた料理を作っている。

呆けて来夜を見ていると、ちらりと遙を見て、小さく笑いながら頷いた。

 

「心配なんでしょ。」

「はい…ありがとうございます!」

 

遙は来夜に頭を下げると慌ただしく店を出て行った。

 

「今日は早めに店じまいしようかしらねー」

 

 

来夜の店を出て行った遙は、急いで天空たちの家に向かった。

その途中、誰かに呼ばれた気がして振り返る。

 

「あ!仁さん」

 

ジンが夜の月明かりの中立っていた。

遙の方にやってきたジンは天空の様子を聞いた。

遙は今から様子を見に行くところだと伝える。

 

「いつも渡しているものより強い薬を調合してきた…」

「ソラちゃん、大丈夫ですよね?」

「俺は医者ではないからはっきりしたことは言えない」

「…」

 

歯切れの悪いジンの言葉に遙は顔を曇らせる。

余り状況は良いとは言えない。
遙が見ているうちでも一番具合が悪そうに見える。

二人で天空の家に急ぐ。

 

「ああ、遙さん…薬屋さんも」

 

憔悴しきった表情の大地。

天空のところに向かう。
部屋からは時折激しくせき込む声が聞こえ痛々しい。

天空は眠っていた。

 

「ソラちゃん…」

「…」

「あの!薬屋さん…姉はっ」

 

大地は顔を歪めてジンに詰め寄った。
ジンは仮面からのぞく口元を引き結び、首をふり遙の問いとおなじ答えを返す。

「俺は残念だが医者ではない。薬はあくまでも症状を緩和するためのものだから・・・すまない」

「…姉は」

「元のように生活できるまで回復するかはわからない」

「どうにもならないんですか!?」

 

目にうっすら涙をにじませた大地はジンにすがりついた。

今まで一人で看病しながら、大切な家族が…もしかしたらいなくなってしまうということを考えていたのかもしれない。

大地の声には悲痛さがにじみ出ていた。

 

「…」

「薬屋さん!!」

 

大地の問いには答えず、ジンは天空の枕元に近づくと天空を起こした。

ぼんやりとした表情の天空はこの場にいる3人をゆっくりと見回すと、小さく「ごめんなさい・・・」とつぶやく。
そのあとすぐ咳きこんだ天空の背を優しくさすり、ジンは薬らしき液体を手早く水に溶かすと飲ませた。

天空が飲むのを確認すると、ジンは彼女をゆっくりと寝かせ目に手をかざす。

彼女を寝かせてから、彼はその手を天空の心臓の上に掲げた。

 

淡い光がジンの手から天空へと向かう。

 

(これ…ミディールの村で見た時に似ている)

 

遙は目を見開きその様子を見ていた。
天空の息遣いが先ほどより落ち着いてきている。

その様子を見て、少しの期待を含んだ瞳をジンに向ける大地。

 

「これは自分の気を分け与える術。病気の原因を取り除いたわけじゃないからあくまでもサポートにしか過ぎない。
あとは彼女の体力しだいだ」

 

うつむく大地。
くっと顔をあげると、ジンに深く頭を下げた。

 

「お願いしますっ!俺にもその魔法、教えてください!」

「わ、私にも!」

 

真摯な二人の頼みに、ジンはふっと表情を和らげた。

 

 

それから数刻が経った。

慣れない力の使い方をしたせいか、大地はソファで眠っている。

遙はひとり力を送り続けているが、自身にも疲れが見えてきているせいか天空の顔色が悪化し、せき込みも多くなっている。

ジンは先ほどから部屋の隅でリュックの中身を広げ薬の調合を行っているようだ。

 

「調子はどう?」

「わっ来夜さん」

 

音もなく入ってきたのは来夜だった。
遙は驚いて目を丸くする。

 

「来夜さん、お店は…?」

 

確かまだ営業時間内のはずなのだが。
遙の問いに来夜は肩をすくめた。

 

「まぁ、遙の面倒みてくれる大事な人だし。常連さんも心配してたのよー」

「…ありがとうございます」

「それにしても…状況はあんまりいいと言えないようね」

 

早々店じまいをして駆けつけた来夜はベッドサイドまで来ると天空の顔を覗き込む。

天空は荒い息のまま、小さく身をよじってせき込んだ。

 

「あたし、特製栄養スープ作ってきたんだけど…飲み込めるかしら」

 

来夜の心配は的中し、ほとんどを吐き出してしまう。

 

「まずいわね。」

「ええ。急にこんなにひどくなるとは…」

「気を張ってたのかしら。…もう中身がやられてるとしか思えないわ」

 

(!!)

 

中身が…やられてる?

 

遙にはその言葉の意味を正確にとらえることはできなかった。

ただ、天空は危篤にあるということ…それだけは確かな事実。

 

「俺に内科の知識はないんだ…薬で改善できるものでない、それしかわからない」

「そう…残念ながらあたしも役に立てそうにないわ…」

 

部屋の隅でぼそぼそと相談しあう来夜とジン。
遙に聞かせたくないのだろう。

もう、手の施しようがないことを。

 

「わ、わたし、あきらめない」

 

震える声。

急な遙の声に振り向く苦しそうな表情の来夜と、唇を引き結んだジン。

遙の言葉に、来夜はためらうように口を開く。

 

「わかってるわ、あたしたちもできるだけのことはする。
あきらめたわけじゃないの。わかるでしょ、…覚悟も必要だって。とくにあなたたちには」

 

その言葉は、いつも間延びしたように話す来夜ではなく、ひどく優しい声音だった。
母親が子供に言い聞かせるような…

その優しい声は、死んだ遙の母親を思い起こさせた。

彼女の母親も、優しく彼女に言ったのだ。

 

――わかるでしょ…わたしのことは、もういいの

 

「…覚悟って何よ!そんなもの必要ない!」

 

――あなたはこれから、ひとりでいきていくのよ…

 

「落ち着きなさい」

「落ち着いてますっ!」

 

――はるか、ごめんね

 

言いながらもボロボロ泣きだす遙。

仮面の男―ジンが手を伸ばすが、遙はそれを払いのけた。

 

「ジンさん、言いましたよね、あきらめちゃいけないって」

「だから、あきらめたわけじゃない…」

「諦めてるじゃない!…覚悟!?やめて!」

 

それは、天空が死んでしまうことへの覚悟

 

「見てよ!ソラちゃんはまだ生きてるの!」

 

生きてるのに。

生きてるうちから死ぬ覚悟?

いやだ

 

「まだ生きてるの…」

 

死んでしまった事実を受け入れることはできる。

でも、死ぬ前から、「覚悟」なんてきめてどうするのよ

 

私は最後の一瞬まで生を信じる。

 

「…う、」

 

遙が駄々っ子のように騒いだせいで、大地は目を覚ました。

 

「…姉ちゃん」

 

ベッドサイドにすがりつく。

 

しん、と静まり返る中、天空の目がうっすら開いた。

 

「だい、ち・・・」

「姉ちゃん!」

「ごめんね…めい、わく…かけ」

「…いいから早く治せよ!」

 

弟の言葉に、ふっと笑みをこぼす。
その表情は、なぜか物悲しげに見えた。

 

「皆さんも…ごめ、なさ…っ!ゴホッゴホッ!」

 

口元を押さえた指の隙間から、赤いものが一筋流れていった。

 

「ね、姉ちゃん!」

「ソラちゃん!」

 

「ご、ごめんなさい・・・だいじょう、ぶ」

「姉ちゃん!」

「大地・・・ごめんね」

 

なんどもなんども、謝罪の言葉を口にする天空。

その姉にすがりつく弟は、とうとう泣き出し嗚咽を漏らした。

 

「姉ちゃんっ…俺を一人にしないでよ!」

 

その言葉にも、天空は弱々しく謝り続けるだけだった。

 

その光景は、母親を亡くした時の遙の様子そのままだった。

 

――おかーさん、やだよ!

――ごめんね、遙

――わたしを置いていかないで!一人にしないで!!!

 

 

「っ!」

 

こんな思い、もうしたくない

助け、られないの?

 

 

遙は天空にめいいっぱい力を注ぎこんだ。

祈りを込めて、願いを込めて。

 

(ソラちゃん、死んじゃダメ!)

 

そして遙は家を飛び出す。

 

「遙!?どこに…」

「王都!お医者さん連れてくる!」

 

来夜から教わった高速移動の風魔法を唱え、遙は暗い夜道を駈け出した。

 

 

第34話へ

2章目次へ

ランキング(NEWVEL投票ランキング)
気に入っていただけた方、クリックお願いします♪
(ひと月ごとリセット)

 

一言:天空危うし。