メイギカ 第2章 第33話 〜治療〜
クラと呼ばれた美女―漉羅とジンによって、『治療』は手際良く進められていった。
遙はというと、メスを使った切断や摘出時にいちいち小さくではあるが悲鳴を漏らすため、煩がった漉羅によって部屋を追い出され、眠っている大地の隣でうつらうつらと舟を漕いでいた。
(血がたくさん出てたけど…大丈夫なのかな)
(でも仁さんも一緒だからきっと大丈夫…来夜さんも任せて平気だって)
初めて手術というものを目の当たりにした衝撃は大きかったが、眠気と疲労で騒げる元気もない。
とにかく、任せるしかなかった。
どれくらい経ったのだろうか。いつしか朝日は昇り、眠るまいと必死に睡魔と闘っていた遙もすっかり意識を失っていた。
「起きなさい、おわったわよ」
声と共に揺り起こされた遙は、重たい体を起こして漉羅を見た。
「ソラちゃんは…」
言いかける遙に、漉羅は少し微笑んだ。
「病巣はすべて摘出できたわ。転移も見られないようだし、このまま療養すればちゃんと回復する」
「本当ですか!良かった…」
言葉の意味はともかく、回復する、ということは理解できて、心底安堵した声を上げる遙。
続いて部屋から出てきたジンは遙の前に腰を落ち着けると遙に声をかけた。
「まだ眠っているけど心配いらない。…それにしても、さすがの手腕でした」
後半の言葉は漉羅に向けられたものだ。漉羅は嬉しそうにほほ笑むと、ジンの隣の席に着いた。
「いえ、助手が有能でしたし。何よりあそこまで進行が抑えられていたのは仁様のお薬のおかげですわよ」
「そんな。」
相変わらず顔面のほとんどが仮面で隠されているジンと、誰もが振り返るようなセクシー美女の漉羅。
はたから見れば違和感を感じそうなものだが、ほほ笑みあう二人の間には柔らかな雰囲気が漂っていた。
遙はなんだか居づらくなり、天空の眠る部屋にそそくさと向かった。
遙は天空の傍に座り込んだ。
相変わらず肌は青ざめてはいるものの、眠り続けるその表情も、呼吸も随分と落ち着いている。
「よかった…」
遙はもう一度それだけつぶやいた。
「そろそろ帰らさせていただくわ」
しばらく天空の顔を見ながら安堵に浸っていると、漉羅の声がしたのであわてて部屋を飛び出した。
ジンはすでに玄関先まで漉羅を見送りに出ていた。
遙も急いで後に続く。
「あのっ!本当に…ありがとうございました!」
言われて漉羅が振り返る。
遙はもう一度深々と頭を下げた。
「ソラちゃんを助けてくれて…本当にありがとうございました!…あの、お金はいくら…」
遙が自信なさげに代金の話を持ち出すと、漉羅はあからさまに顔をしかめため息をついた。
「はぁー。あのね。あなたが今持っている有り金全部私に差し出したとしても、私の働いている医院での1回の治療費の半分にも満たないわ」
遙はみるみる顔が青ざめていく。
「あわわわ…!どうしよう」
「はぁ。まだわからないのかしら。最初っからあなたに代金をいただけるとは思ってないわ」
「えっ」
遙は驚いて漉羅を凝視した。漉羅も遙をじっと見つめ返した。
「お金はいらないわ。そうね…私に恩があること、ずっと忘れずにいなさい」
「はっ、はい。」
「いいわね」
漉羅は念を押すように言うと、ジンに向かって意味ありげに微笑んだ。
ジンはあいまいに首を傾げたきりで、何も言わなかった。
漉羅が去った後、見送っていたジンと遙の二人は向き直った。
遙は頭を下げる。
「仁さんも、本当にありがとうございます。ほんとうに、なんてお礼を言ったらいいか」
遙の言葉に、ジンは首を振った。
「いや、お礼を言いたいのはこっちのほうだ。俺の患者でもあるし…それに」
ジンはいったん言葉を切り、遙の目を覗き込み微笑む。
「あきらめない…か。大切なことだ。でも忘れかけていた…」
ジンは語りだす。
「手がける患者が増えるたび、亡くす患者も増えた。自分の力じゃどうしようもできないとあきらめることを覚えた…
自分でできることはもうすべてやりつくしたと」
「仁さん…」
「でも、君はあきらめなかった。そして実際に助けて見せた」
「た、助けたのは…漉羅さんです」
「久羅殿を連れてこられたのは君だ。君の思いや意志の深さに引き付けられた…久羅殿はそう言っていた」
遙は顔を赤らめた。褒められ慣れていなくて恥ずかしかったのだ。
「で、でも、漉羅さん言ってたじゃないですか!仁さんのおかげで進行が抑えられてたって…私なんか、何もできなくて。ただ何かしたくて」
「そう。そう言う、がむしゃらになって患者の回復を信じる気持ちを俺は失くしかけていた。最後の最後まで、望みをつなぐ―
嘆くのは、すべてが済んでからでも出来るもんな。最初は確かに持っていた気持ちだったはずなのに…」
ジンはそう言って微笑った。
「俺だけだったら、天空は助けられなかった。そして大切なことも思い出せた。…ありがとう」
「仁さん…ありがとうございます。
でもやっぱり私は何もしてませんよ。ソラちゃんの命をつなげられたのは、ソラちゃん自身に大地君、そして漉羅さんに仁さんの力です。私、やっぱりお礼を言わせてください」
遙はまっすぐジンを見つめて笑った。
「大切な友達を助けてくれて、ありがとうございます!」
安堵したら力が抜けてきたのか、遙はへなへなと座りこんだ。
「あれ?膝に力が入らない…」
ジンは遙の様子に含み笑いをしながら手を差し出す。
「気を張ってた分疲れが出たんだろう。今日はゆっくり休みな」
「うっ…おかしいなぁ。さっき寝たんですけど…」
遙はおとなしくジンの腕にすがって立ち上がる。頭がくらっとしたがかまわず歩きだす。
ジンは来夜の宿まで遙を送ってくれた。
「はっ、すみません。ちゃんと歩きます!」
玄関まで来て意識を失いかけていた遙は頭を振ってジンから手を離した。
「あ、あれ?」
「おっと」
倒れこみそうになる遙をジンが支える。
ジンは見える口許で仕方がないなと言うように微笑い遙を抱え上げた。
「わっ…仁さん重いですよ…!」
「いいから。部屋どこ?」
「2階のつきあたりです…」
最初は抵抗してみた遙だったが、体のだるさと眠気、ジンから感じる体温の暖かさで次第に抵抗する気もうせ、おとなしく身を任せた。
(うう・・・申し訳ない。でももう、目があかないよ…)
一瞬意識を失ったが、遙は自分のベッドに横たえられる感触で辛うじて目を開けた。
「仁さん…ごめん、なさい…」
「いいから」
「今日は…というかいつもいつも…ほんとうにありがとうございます…私、いつも助けてもらってばかりで」
「大したことしてないよ」
「いーえ…本当に、かんしゃしてます、お礼…させてください。私にできることならなんでも…」
しますから…と続けたはずの言葉は声にならなかった。意識が混濁する。現実と夢の境目が分からなくなっていた。
「ジンさ…」
「わかった…じゃぁ、お礼、もらうよ」
その言葉だけ聞き取り、遙は半分眠ったままほほ笑んだ。
「…おやすみ、遙」
柔らかな感触がほほを掠める。
遙の意識はその優しい感触を最後に完全に暗転した。
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一言:久しぶりでございやした…どんなけ放置ングしてしまっていたんだか;
社会人って大変なんですね。まぁ時間は作れないこともないんですが。
この更新を機にまたがんばっていこうと思います…スローに;