Vol.1

No.1:あたしは何処へ向かう

 

それは、きれいに晴れた冬空の夜のことだった。

 

あたしは家に帰ってきて、瞬間拉致された。

玄関のドアを開けるなり両腕をつかまれ、有無を言わさず車に押し込められる。
若干パニックになった頭を振り、車の中から家へ手を伸ばす。
口が渇く。

急発進した車を見送る兄貴と弟はにっこり笑顔で手を振っていた。

 

 

「もー!いきなり引きずることないじゃん!いったいなー」

「何言ってるのよ!帰ってくる時間からもう15分も過ぎてるじゃない。遅刻したらとんでもないのよ!?」

「まあまあ、たぶん間に合うと思うから…」

助手席に座っていた母がぷんぷんと怒った。それを運転する父がなだめる。
まー確かに帰って来いって言われた時間からそれくらいすぎてはいるけどさー。
これでも一生懸命急いで走ってきたのに。あーのど乾いた。

「何でご飯食べに行くのに遅刻とかあるわけ?しかも兄貴たちはいかないの?」

「…今日はあんたに用事があるの」

「は?聞いてないしそんなの。あーあ。もっとしゃべってたかったのに…」

 

あたしは鳴海沙映(なるみさえ)。今高校3年生。
来年から大学生ってこともあって、今は高校生活の終わりを満喫しているところ。
仲間とのどんちゃん騒ぎも、きっともう数えるぐらいしかできないんだろうなってセンチになりながらも遊び呆ける毎日です。

にしたってあたしだけご飯に連れて行かれる意味がわからん。
今頃みんなワイワイピザでも頼んでんだろーなー…。ちーん。

そう物思いにふけっていたら、何か高そうなホテルに着いた。
なんなんだろ。卒業祝いにしてはゴージャスかつリッチな選択だ。
兄貴のときは近所のレストランで焼き肉だったっけ。

いろいろ考えてみながら車を降りる。
足早に歩く両親の後ろをとろとろ追いかけていると、前から歩いてきたきれいなおねーさんが話しかけてきた。

「失礼いたします。鳴海様でいらっしゃいますでしょうか」

「は、はいぃ。お待たせして申し訳ございません」

父の裏返った声が駐車場に響いた。
あたしが笑いを必死にこらえていると、きれいなおねーさんがこちらを見てうなずいた。

「お待ちしておりました。鳴海様。
ではお嬢様の支度はお任せください。待合室までご案内いたしますのでどうぞ」

ハッハイ!」

「??」

とりあえず親子3人はおねーさんに連れられてホテルに入った。

 

「うっひゃ〜」

中は程よくあったかい。上着を脱ぐ。
土足で踏んでいいのか悩む鮮やかな色のふかふかカーペット。
上品な調度品の数々。
落ち着いた雰囲気の一流ホテルだ。(たぶん)

あたしたちはおねーさんになおも案内され、一つの部屋に通された。
その部屋は私の部屋ぐらいのこじんまりとした部屋だが、大きな窓で狭くは感じさせず、
ふかふかのソファとテーブル、そしてテレビががある。

おねーさんが笑顔で言う。

「ではお時間までこちらでお待ち下さいませ」

予約でもとってるのだろうか。今までにないゴージャスさだ。
とりあえずふかふかのソファに座る。自分がぽよぽよ跳ねた。

おねーさんが笑顔で近づいてくる。

「ではお嬢様は別室で支度いたしましょうか」

「へ?」

思わず父以上に裏返った声で返事をしてしまったあたしは、両親を振り返って説明を要求した。

二人は聞こえていないのか二人して背中を向けテレビを見ている。
たぶん聞こえないふりだ。
おねーさんはにこにこしていきましょういきましょういきましょうと念をかけてくる。
怖くなったあたしはおねーさんについて部屋を出た。

「あのー…」

「何でございましょう」

おねーさんの無言の圧力により連れて行かれながら、あたしは聞いてみた。

「今日は何のイベントだか聞いてます?」

「すぐお分かりになりますよ」

「おねーさん、教えて下さいよォ」

「私、下っ端ですから」

「え。」

なにそれ。

「じゃあ、上っぱに会わせてください」

「すぐ会えます。とりあえず支度いたしましょう」

連れて行かれたのはよくテレビで見るような楽屋?のような部屋。
いくつか服のかかったラックがあったり、メイク道具が置いてあったり。
もう何人か人がいる。

なーんかいやな予感がした。

「じゃあまず着替えましょうか」

部屋に既にいた別のきれいなおねーさんが言った。
パニくり始めて動けないあたしはなすがまま、おねーさんズの着せ替え人形と化した。

「とりあえず脱いで脱いで!」

「細いわねぇ〜。でも出るとこは結構出てるじゃない、うらやましいわ〜」

「なに色がいいかしら」

「デザインは?」

「この色はどう?」

「こっちの方がいいと思うわよ」

「これなんかどう?足も強調できるし…」

「いいじゃないそれ。これにしましょう」

「じゃあ次髪ね」

「長くてまっすぐ。いいわねー」

「巻いちゃえば?」

「いや、ストレートの方が清楚に見えるわよ」

「こんな感じでどーお?」

「あ、かわいい〜」

「メイクは任せて」

 

・・・・・・

 

「できたー」

「……………………………………………………」

「あら?反応なし?」

「いえ。ありがとうございます!」

 

スゲー!

スゲぇーーーー!!

 

化粧ってすげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 

あたしは濃紺のミニドレスを着て、生涯初めての化粧を施してもらっていた。

鏡に映る自分が自分じゃないみたい。
とは言いすぎだけど、ドレスに負けない顔になってるよ!

ただ近くで見るとけばく感じる。いつもしないからそう思うだけかな?

「……」

自分の顔にうっとりして忘れていたが…。

何であたしはこんなことになっている?

 

あたしが着ていたカジュアル万歳の服たちはきっちりハンガーにかかっていた。
今やあたしは外見だけはお嬢様だ。やっぱり素晴らしい。

なーぜー??

なんか漫画とかにありそうな展開が予想できるが気付かないふりをする。

両親の待つ部屋に戻されたあたしを両親はきらきらのまなざしで出迎えた。

「さ、さえぇぇ!」

いやーっ!カワイイッ」

「………………」

無言で二人の腹に手刀をたたきこむと、ぐふっと唸りながらもにへらっと笑ってくる。
腹立つ。

「説明してもらいましょーーーーーーか!!」

「はっはいぃ」

ギラリと睨みつけると委縮する。わが親ながら情けない。
しかしすぐ先ほどのおねーさんが迎えに来てしまった。

くっ。

 

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