Vol.1
No.2:もだえるあたしは食べてごまかす
結局よく事情が呑み込めないまま連れて行かれた部屋は、さっきの待合室ぐらいの大きさの部屋だ。
白いテーブルクロスのかかったテーブルがドンと置いてある。その上には大振りの花弁の花が飾ってある。
あたしはおねーさんに勧められた奥の席に着いた。
母がその隣、父がそのまた隣に座る。
そこへ、誰か入ってきた。
50代ぐらいの渋めのおじさまときれいなおばさまだ。
素人目にも仕立ての良い服を着ている。権力もってそうだ。
父と母があわてて立って深々と挨拶する。
あたしも一応それに倣う。
おじさまおばさまはあたしに目をとめにっこり笑った。
愛想良く苦笑いを返す。
おじさまたちは何やら小声で話して笑い、両親の前の席に座った。
解放されたように両親も席に着く。
両親の緊張がびりびり伝わってくる。
・・・ううっ。
いやだ。いやだよぉー!
なんかやだよーっ!!
いっそのこと逃げた方が幸せになれるんじゃないかと思った。
それをなかば本気で実行しようとドアを確認すると、そのドアが開く。
入ってきたのは少年だった。うつむき加減でドアを閉めている。
スーツ…ではなくタキシードを着ている。
(といってもあたしには違いがわからないが、タキシードってこういう感じだろうっていう感じの服)
ぴしっとした姿勢で、タキシードがこれでもかというほど似合っている。
彼が顔をあげる。
びっくりするほどの美少年だ。
隣の母が小さくため息をついている。
薄茶のふわふわした髪。白い肌に桜色のほほ。小さな顎。大きなキラキラした目。
眉も鼻も口も、女なら地団太を踏みたくなるぐらい上品な造りだ。化粧してんじゃないかってぐらい綺麗で可愛い。
タキシード着てなきゃ女だと思っただろう。
ていうかこれで女の子だと言われても納得できる。
そんなキラキラした少年はテーブルに歩み寄り、父と母に優雅にお辞儀をした。
ほけっと見ていた二人もあわてて頭を下げる。
あたしもほけっと彼を見ていた。
彼と目が合う。
吸い込まれそうに大きい瞳。
彼がにっこりほほ笑んだ。
ぐふっっ!!
危うく喉の奥から変な音を出しそうになり口を押さえる。
やばいよ!!
天使様だよ!
身もだえする〜〜!
か〜わ〜い〜い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
脳内でひとしきり悶絶する。気がつくと彼はあたしの目の前の席に座っていた。
はっとすると、渋いおじさまが立ち上がり笑顔であいさつする。
「こんばんわ。今宵は若い二人の初めての邂逅の場をもうけさせていただき感無量であります。
二人にとって今日が思い出深いものになりますよう、挨拶といたします」
意味わからないあいさつ。
この会が何のためのものか。
そしてあたしはなぜこんな恰好でここにいるのか。
そしてあたしの目の前で惜しげもなく笑顔を振りまいている天使君は何なのか。
わからない。
いや分かっている。
これは…
「お見合い?」
「そ・う・よv」
じょ。冗談じゃないぞ。
思わずつぶやいたあたしに母はにっこり。美少年に目がないんだきっと。
でも普通こんな美少年嫌いな奴はいないわな。
と変に冷静に思ってみるが、これはどういうこっちゃ。
「ちょっとまって。聞いてな…」
「えーでは始めたいと思います」
いつの間にか出てきたマイクの声であたしの悲痛な叫びはかき消された。
前の席の少年は一瞬?顔でこちらを見たがすぐ声の主・おじさまに向きなおる。
もう一回何かいおうと口を開くが、隣の母がものすごい形相でにらんできたので恐ろしくなりおとなしくした。
料理が運ばれてくる。
おいしそうな匂いと彩り。でも今は何の食欲も刺激しない。
心の中でぶつくさ言いながら前菜をつつく。
また隣の母から咎めるような視線が飛んだ。
「えー。では料理も来たところですので、ぜひ召し上がりながらお聞きください」
おばさまが優雅に食べ始める。
少年も食べ始めた。おばさまに負けず劣らず優雅だ。
ていうかこの子はたとえ手づかみで食べてても見苦しく見えないんだろうなー。
両親ももそもそ食べ始めた。あんま優雅じゃない。手元かたい。
「えー私は倉科実業団会長倉科輝幸でございます。隣におりますのが妻の香苗。そして息子の貴人(たかひと)です」
へぇ。あの少年は貴人君て言うのか。
…ていうかっ
倉科実業団って。
超金持ち!超セレブ!の代名詞じゃん!!
道理であのおじさまどっかで見たような気がしてた。テレビで見たんだ。
うーわ。
う〜〜〜わ。
う〜〜〜〜〜わ。
なんで?
なんでそんなのとお見合いしてんのあたし。
え?あたしと貴人君のお見合いってことだよね??ね?だって残りは既婚者であるし。
「そして今回息子貴人の相手として、鳴海さまのご長女、沙映お嬢様にお越しいただきました」
うっひゃぁぁ〜
前の席の少年―貴人が5割増しの笑顔を向けてきた。
やっぱり引きつった苦笑いで返す。っていうかこの状況笑えるのか?
あたしは考えることを放棄した。
…
「本当に素敵な息子さんで」
「いえ…」
「沙映さんもなんとまあきれいなお嬢様で」
「いやーじゃじゃ馬娘ですよ」
「とてもおしとやかに見えますわ。でも元気なのはいいことですよ」
「いえいえ。こんな娘で本当にいいんですか?」
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
パクパクパクパクパクパクパクパクパク。
あたしを除く全員が和やかに(見かけ上)会話する中、私はやけくそに食べた。
給仕さんがどんどん料理を持ってきてくれる。ああおいしい。しあわせだ。
食べている以外のことを考えなければ。
ごくごく。
うっぷ。
・・・食べ過ぎたかも。
食べながらもこれからのことを考えげっそりする。
お見合い。→結婚。
この目の前の美少年御曹司貴人君と?
…あたしはいやだぞ!断固拒否する!
御曹司の嫁だなんてきっと窮屈極まりない。
しかもお見合いっていうのがまたヤダ。
お見合いなんて今どきはやらないよ!
やっぱ好きな人と恋愛結婚したいじゃん。
それに…
ちらっと大人に交じって楽しそうに話す貴人君を見る。
何歳だか知らないけど…たぶん、年下で、しかもしかも。
あんなかわいい子じゃぁ
どっちが女かわっかんないだろー!!!
ただでさえ女の子らしくないのにさー。
いや。貴人君はいいんだよ。
かわいいしさ。それもとびっきり。
でも付き合ったり結婚は別。
弟みたいに可愛がるだけならいいけど。
ホントの弟よりよほど可愛いし。
見つめていたせいか、貴人君がこちらに大きな瞳を向ける。
にこっと笑顔。
くあっ!
やめろー!
撫でくりまわしたくなるぅ〜!
「沙映さん、僕のデザート食べる?」
彼だけはこうして時折話しかけてくる。ああ。声まで天使のようだわ。
しかしいつもむぐむぐして頷くばかりのあたしなのであった。
そしてデザートをやっぱりくれる。太らせたいのか。
でも食べる。
そんな私を微笑んで見つめる貴人君。やめろー。見ないでくれー。
ふと気付けば大人たちもこちらを見ていた。
しかもみんなニヤーっとした変な微笑みを浮かべている。
「では食事もお済のようですので、あとは若いお二人だけで…」
そーいうことか。