Vol.1

No.9:戦いの勝者は…

 

視界がぼやける。

相変わらず男たちの足跡と、やる気のない「まてぇ〜」という声が聞こえてくる。
からかって遊ぶのなら違う人にしてくれ。

人通りのあまりない交差点を曲がる。繁華街まで戻ればだれかが助けてくれるはずだ。
追ってきてなくても帰り道に戻れる。
必死で下を向いて曲がりきった時に、驚いた声がした。
この声…まさか。

「沙映さん!?」

道の先には貴人が立っていた。
街灯の明かりに照らされた貴人。なんかすごく儚く見えた。

「た、貴人…」

まさかこんな漫画的展開が再びあるなんて。
そう思いながらも、ほっとしたあたしは走ったままの勢いで貴人に抱きついた。
あたしとたいして背の変わらない貴人は、よろめきながらもしっかりあたしを受け止めてくれた。

「さ、沙映さん?」

「貴人…」

声にならない声でぐしゅぐしゅと泣き出すあたしを、貴人は頭を撫でて慰めてくれる。

「沙映さん、昨日はごめんね」

「え…」

急な謝罪の言葉に驚いて体を離す。
謝るべきはあたしなのに。勝手に怒って。

「あ、あたしが悪いんだよ。あんたが謝ってどうするの」

「でも、沙映さんを怒らせちゃったし。…それが言いたくて」

「ち、違うの。あたしが…」

嫉妬しただけ。そう続けようとして、急に恥ずかしくなって赤面してしまった。

赤くなってうつむいたあたしを貴人がのぞきこむ。
恥ずかしい。

「沙映さん?」

「〜〜なんでもない!」

「そう?」

「そう!」

そう言ってそっぽを向いたあたしの目の前に、見慣れた自転車が飛び込んできた。
乗っている人物とその仲間たちはあたしを見ると口笛を吹きながらチリチリとベルを鳴らす。うるさい。

「君きみー。忘れものだよ」

こいつら、まだちょっかいをかけてくる気らしい。
自転車を持ってきてくれたのはありがたいけど。

貴人が現れたおかげか、先ほどまでの恐怖は感じない。
それでも男たちのにやにや笑いから逃れたくて、貴人の後ろに隠れた。

男たちは貴人を見て、なおさらはやし立てる。

「うわー!超ビショーネンじゃね?」

「写真撮っとく?ギャハハ!」

「お姫様を守るナイト気取りか」

ギャハハ!!

「あなたたちはなんですか」

男たちの話には一切耳を貸さず問いかける貴人。
一瞬でにへらと笑っている男たちの表情が強面になった。
こわっ!

「俺たちはその女にコイツを返しに来ただけだぜ。え?」

「じゃあさっさと返して帰って下さい。彼女がおびえてます」

凛として男たちに対応する貴人。
ただおにーさんたちのゴツさと比較すると、線の細い貴人に不安になる。

このままあたしのせいでボコられたらどうしよう。怪我したら?
貴人は許してくれても、ご両親とかが怒るかも。なんせこんな美少年の息子だもん。大事にしてるにきまってる。

「は?俺たちは親切しただけだぜぇ?」

心配していた通り男たちが切れ出した。
男たちは貴人に思いっきりガンをつける。
その距離わずか5センチ。
男女間ならちょっとロマンスも期待できるが…

「…」

「…」

貴人は今どんな顔をしてるかはわからないが、多分昨日のような堕天使貴人が出てきてるんだろう。
あのそらせなくなる目は男にも有効なんだろうか。

「さっさと失せろ」

こ、このヤロー!!やっちまえ!」

貴人でも失せろとか言うんだ、とちょっぴり驚くあたしをよそに、
あっというまに怒りのボルテージがマックスを超えた男たちと貴人のバトルが始まった。

「ボコられてーのか?え?あ?」

お母さんに言いつけるぞ?」

「この美少年が!」

なんかゆるい悪口を言い、蹴りを繰り出す男その1。
あたしは逃げる。放られた自転車を確保する。
ていうかいきなり足が出るんかい。

貴人はその蹴りを右によけ、背後から襲ってきたパンチを片手でいなす。
そしてさらにやってきたもう一人に足を引っ掛け転ばせ、さらに蹴りつけようとする足をつかみ払い、
そのまま懐に飛び込み投げた。

「おおぅっ!?」

ぐふっ!

鮮やかに投げられた奴は足をひっかけられた奴の上に落ち、ひっかけられた奴が変な悲鳴を上げる。
投げられた奴は何が起こったかわからないようで呆然としている。
貴人は目を細めたまま、薄く笑った。ぞくりとするほど妖しく綺麗だった。

もしかして貴人って、強い?

二人やられた後はそれこそあっという間に戦いは終わった。
鮮やかに手刀をたたきこむとあっさり昏倒した。

「く、くそ…」

「けんかを売るならよく相手を見極めるんだね」

目を細めそう吐き捨てると、うってかわった心配そうな表情であたしに向きなおる。

「沙映さん大丈夫だった?はやく帰ろう」

「う、うん」

貴人はさりげなく自転車を引き受けると歩き出す。
あたしも後に続いた。
ちらっと振り返ると男たちが睨んでいた。
あわてて前に向きなおる。

「あんたって…強いんだね」

「貴人」

「??」

急に自分の名前を言ってくる貴人の意味が分からず、あたしは聞き返した。
貴人は首をかしげて言う。小悪魔的仕草だ。

「さっきは名前で呼んでくれたじゃない」

「あっ…あれは」

そうだ。動転しててなんか名前で呼んじゃってたんだ!しかも呼び捨て!
思い出してまた赤くなる。湯気が出そうだ。

「名前で呼んでほしいな」

目をパチパチとさせて「お願い」してくる貴人。
かわいすぎる…!
これは天然でやっているんだろうか。
自分の仕草が人にどのくらいの影響を与えてるか、わかってやっているとしたら恐ろしい。
貴人の仕草を研究して実践すればとてつもなくモテそうだ。
いや貴人の場合元がいいからもだえるほどかわいいのかもしれない。
あたしがやってもキモいだけかも。

「だめ?」

そう言われてのぞきこまれたら拒否できるあたしではない。

「わ、わかったよ。た…たかひと」

「うふふ」

男でうふふが似合うのもどうかと思うが…
かわいい。

「僕は一応武道は一通りやってるんだ。喧嘩を売られることも多いから、なんかいなし方が身についちゃって」

「そうなんだ…」

「あ、そんなしょっちゅう喧嘩とかしないよ?」

「う、うん。喧嘩するの意外だね」

「そうかな」

「うん。…そういえばなんでこんなところにいたの?」

「沙映さんを待ってたんだ」

「え゙」

まさかずっと?

恐ろしくなり聞いてみると、そんなに待ってないよ、との返事。
改めて今日のことを聞いてみる。

あたしが逃げた後、貴人はずっとあたしを探しに行っていたらしい。
途中あたしの母親から美晴と行動してると聞かされ、一度は帰ったものの、やっぱりあたしに会いたくなり、
あたしが通りそうな場所で待っていたんだそうな。

やっぱり待ってるんじゃん!

そう言ってやると、僕待ってるの嫌いじゃないから、と意味のわからない返事がくる。

「でも、ビックリしたよ。沙映さんがいると思ったら体当たりされるし」

「た、体当たり…」

そんなつもりではなかったんだけど。

「でも、得しちゃった。1メートル内入れて抱きしめられたし♪」

にぱ、とうれしそ〜に笑う貴人。どうしてこうも可愛いんだろう。
でも今はかわいいからだけじゃない理由であたしはドキドキしている。
今は1メートル協定は破られていない。

「…必死だったんだもん」

「沙映さん、あいつらになんかされなかった?大丈夫?」

「うん。囲まれてなんか…言われたけど。逃げたし」

なにを言われたか思い出し顔をしかめる。
貴人は特に何も言わず、微笑んだ。

「そっか。良かった。言いたいこともちゃんと言えたし」

「う…」

あたしの方こそ貴人に謝らなくてはいけない。
理不尽に怒って逃げたのはあたしだから。

「…自転車、どこに停めればいい?」

「え。あ…」

いつの間にか家についている。あたしはあわてて自転車を受け取ると定位置に停めた。
家族に見られたらたまったものじゃない。

「じゃあ、僕はこれで」

「あ…待って」

なんか離れがたくて、貴人の服の裾をつかんだ。
貴人は驚いたような顔であたしを見つめる。

「あ…えっと。もう少し、話さない?」

思わず目をそらしうつむいたまま、あたしも謝りたいことあるし…ともごもごと続ける。

貴人はあたしの提案に嬉しそうに頷いた。

 

近くの公園に場所を変え、ベンチに腰を落とした。
もう日が暮れてから大分立つ。
街灯に照らされたベンチに座ったあたしたちは、相変わらず微妙な距離をあけている。

ちらっと貴人を見る。
街灯の明かりで顔の輪郭がくっきりと浮かび上がっていた。
貴人が私の視線に気づき顔を向けてくる。
何も言葉が浮かばない。それでも、言わなきゃいけないことがある一心で口を開く。

「…あの、昨日はごめん。それに今日も」

「ううん。沙映さんが謝ることないよ」

「だって!よく考えてみてよ。あたし明らかに変に怒ってるじゃん」

「怒らせるようなことをした僕がいけないんだよ」

きっぱりと言い放った貴人は、またあたしへ笑顔を向けた。
あたしはそれを見ていられなくて目をそらす。

「…」

「沙映さんの都合も考えないで強引に誘おうとしたし。約束も破ったし」

「でもそれは、あたしが怒ったからでしょ」

言葉を切る。
心臓がバクバクと言いだして、それをなだめるために一息ついた。
意を決して顔をあげる。

「あたし、西畑さんと話してる貴人が楽しそうにしてて、嫌だった」

「え…」

見開かれた貴人の目が丸くなる。
そんなことを言われるとは毛ほども思っていなかったんだろう。
目を合わせてるあたしの顔はますます赤くなっていることだろう。

「だっから、その…えーっと」

「沙映さん」

恥ずかしさでこれ以上の言葉が続かない。
どもりだすあたしをみかねてか貴人が遮り、心なしかうるんだ瞳であたしをじっと見つめた。
心臓の音が耳にうるさいほど響く。

「それは、さ。…嫉妬してくれてたってこと?」

うん。と言って頷こうとする。でも声がかすれてうまく返事できなかった。
あたしは真っ赤であろう顔をそむけた。目を見てられない。
もしかしてこれは告白時なんだろうか。どうなの美晴!?
ああ、でも頭が真っ白。気の利いた言葉が出てこない。
口をパクパクしていると、少し微笑んで、でもどこか真剣な表情の貴人があたしの名前を呼ぶ。

「沙映さん」

「う、うん」

「自惚れていいのかな。僕のことを少しは好きになってくれたって」

どきり、と心臓が跳ね上がる。

「…少しじゃないよ」

「え?」

「あたし、た…貴人が好き」

…になったみたい。と小さく続けた。だめだめな自信なし子だ…。
あたしの精いっぱいの言葉に、貴人は驚いた表情から満面の笑顔になる。
あたしはその笑顔につられるようにぎこちなく笑った。

「ありがとう、沙映さん。すごくうれしい」

「う、うん」

「僕の気持ちは知ってるよね」

「う…うん」

「うれしい。沙映さん、好きだよ」

恥ずかしい。でもなんだかひとりでに笑みがこぼれてくる。
嬉しい。幸せだ。そういう気持ちかも。

「沙映さん、近づいてもいい?」

そういえばいまだに律儀に1メートルの協定を守ってたんだ。
あたしが小さく頷くと貴人は思いっきりあたしに抱きついた。
あたしはびっくりして固まる。
貴人はなおも強く抱きしめた。さっきあたしが抱きついた時よりずっと強く。

「貴人…くるし」

「あ、ごめん!」

貴人はあわてて力を緩めると、あたしの肩に手を置き、至近距離であたしを見つめた。
見つめられるあたしはやっぱり目を離す事が出来ない。
心臓の音、ばれてるんじゃないだろうか。

「も、もう!急にびっくりさせないで」

恥ずかしくてそんなことを言ってしまう。
あんまり見ないでほしい。

ごめん、と呟いた貴人はあたしを見つめたまま、真剣な声で囁いた。

「改めて…僕と、お付き合いしてもらえませんか」

はい…

ほとんど声にならない声で何とか返事をする。
その返事を聞いた貴人は、目を細めて微笑んだ。
そのまままたあたしを優しく抱きしめてくれる。

ああ、貴人てこんな顔もするんだ。
いつもの天使のような笑みとは少し違う、心の底から幸せそうな笑み。

あたしも不思議と幸せな気分になれる。
こんなあたしでも、この人を幸せにできるんだ。
そう思えて、嬉しくなった。

 

「ただいまー!」

あたしはリビングに顔を出す。
みんなはご飯を食べていた。兄貴はもう食べ終わったらしくテレビを見ている。
あたしに気がつくと振り返って、なんか言いたそうな表情を向けている。
母は呆れたようにため息をついて聞いてくる。

「お帰りなさい。…ご飯は食べてきた?」

「うん、いらなーい」

「あんた、貴人君にあやまっとくのよ?」

「もうあやまったー」

「え?」

そのままリビングから引っ込んで、部屋に戻る。

カバンを置き、寝間着をもってお風呂へ向かった。


顔が赤いの、家族にばれなかっただろうか。
さっきのことを思い出すと、ひとりでに笑みがこぼれる。

人を好きになって、その相手に自分も好いてもらっている、というのはすごく幸せなことなんだなぁ…
ついついしんみり考えて、あたしはお風呂に沈んだ。
今まで知らなかった気持ちだ。

素直になってよかった。
美晴に感謝しなくちゃ。

あの後、ぽつぽつ話して、携帯のアドレスを交換して、別れた。
今更ちょっと間抜けな気がするが仕方がない。
貴人に言わせれば、付き合えるまでは聞きたくなかったとのこと。
ケジメというやつだろうか。よくわからないけど。

 

まぁ、とりあえず恋愛バトルはあたしの負け。
ヨワッ…

でも、悪い気分じゃないし、いっか!

『キスしたいけど、また怒られたらやだから我慢する』

貴人はそう言っていたずらっぽく笑った。
あたしはちょっぴり残念な気分になって、自分でも驚いた。
どういう現金な気持ちだろう。自分の気持ちがはっきりわかったらもっと…って思ってしまう。

はじめに会った時のキスの感触。
ふと思い出してしまい、あたしは頭からお湯をかぶった。

 

お風呂から上がったあたしは、兄貴に捕まった。

「沙映!今日何してたんだよ!」

「美晴と遊んでた」

「貴人来てたんだぞ?」

「うるさいなー。それについては帰りに会ったからちゃぁーんと謝りました」

「お前さー、貴人と付き合ってみなって」

「…」

思わず赤くなる。
あのことは兄貴に言うべきなのか。恥ずかしい。
兄貴は構わず続ける。

「あいつは良いやつだぞ。年下とは思えないぐらいしっかりしてるし、金持ちだけど鼻にかけないし。
女みたいな顔してるけどなかなか強いし。何より…お前のこと本気で好きみたいだぞ」

「…」

ああ、貴人は兄貴になんて言ってんだろ。
あたしに言うみたいに熱烈に語ってたらちょっと…どころじゃなく恥ずかしい。
兄貴は何も言わないあたしの顔を見て何か思い立ったように覗きこんできた。

「お前、まさか」

「…な、なにさ!」

「もう付き合ってあぁ〜んなことやこぉ〜んなことを…」

「何言ってんだよー!」

ボン!と音がしそうなくらい一気に赤くなったあたしに、兄貴がにやりと笑って言いつのる。

「おっ。赤くなったぞ。そーなんだ?」

「う、うるさい!」

「ほほう。否定しないということはそうなんだな。いやあよかったよかった。
あいつ意外と押しが強いからいつお前が陥落するかと…」

あたしは無言で兄貴に蹴りを入れた。
兄貴はあたしのスウェットをはいた脚をつかみ、にやにやと破顔した。

「え。ねーね、いつから?もうキスとかした?」

「黙れ!!この野郎!」

「もうしたの!?」

「なにも言うもんかーっ!」

つかまれた脚を振り回し、何とか逃れると兄貴を睨みつける。
兄貴は手を挙げて首を振った。

「いやー悪い悪い。でも沙映、お兄さんは嬉しいぞ」

「…兄貴のバカー!」

あたしは大声で叫んでとび蹴りをかましてやった。

 

すっきりした。

 

とりあえず、今度会った時には兄貴に変なこと言わないようにきつく言っておこう。
携帯で連絡を取れるようになったことがすっかり頭から抜けていたあたしはそう思いながら眠りについた。

 

Vol.1 了

 

あとがき(どうでもいい)

戻る

目次