#10 バスケ部に殴りこみだ!
「よっ」
「…なんだ?」
俺が話しかけたのは湊君。背の高い彼の背中をぼすぼすたたいたら怪訝な顔をされた。
まぁ俺はそんなこと気にしなぁ〜い。
…たぶん、俺のこと誰かわかってないだけだから…涙
「や、湊君はどこ見学行くの?…あ、俺は同じクラスの中條だけど」
「中條…?あー。俺はバスケに行くから」
俺は?マークの響きを聞き逃さなかった。しょぼーん。やっぱりわかってないぽい。
若干の失望を覚えつつも笑顔で応対する。
「マジ?俺もバスケ見学しようと思ってたんだわ。体育館まで一緒に行こうぜ」
「…いいけど」
若干めんどくさそうな響きを感じ取ったが、まぁクールな湊君だから仕方ないよな!
仲良くなるには俺から話しかけなくちゃ。絶対話しかけてくるようなタイプじゃないし。
俺はご機嫌で湊君にいろいろ話しかける。
「ねー、湊君て第一中でしょ。東京の」
「…ああ。なんで?」
「俺もバスケやっててさ、湊君見たことあるんだよねー」
「へぇ…」
「すごいうまいやつがいるなーって思ってたから、会えてうれしい!」
「…あ、ああ。ども…」
あ。今なんか引かれたような。
視線をきらきらさせすぎたようだな…きっとモーホーをうたぐられてる気がする。
心なしか若干離れていってるし。
違うんだぁぁ…俺はノーマルだぁぁぁ…ただ男装してるだけなんだぁぁぁぁ…
ぐすぐす。
ショックで二の句が継げないうちに、体育館についた。
さすがの私立、入学式を行ったステージもあるメインコート、その地下にサブコート、トレーニングルーム、多目的ホールなどがある。
しかもそれが小中高大で4つあるというからぶったまげーだ。
さすがにこれだけあると、どんな運動部もコートの取り合いになることはないみたい。
ダムダムとボールをついている音が響く。
メインコートではバスケとバレーを行っているようだ。
持ってきた体育館ばきに履き替える。
あれから一言も口をきいてこない湊君はバッシュに履き替えていた。やる気満々だな。
コタローといい湊君といい、やりたいのが決まっていてそれが出来るっていうのが今の俺には無性にうらやましかった。
コートに入ると、15人程度の先輩方がシュート練をしている。
ジャージのポケットに入っているパンフをみると、バスケ部の見学プログラムは…
・2〜4年の試合(15分)
・1年の試合(15分)
というあっさり薄味のメニューだった。適当だなぁ。
時間になるとどっかで見たイケメンがユニホームを着て並んだ先輩たちの前に立ち、新入生にあいさつした。
「バスケ部へようこそ。俺はキャプテンの金城将星だ。俺たちは全国制覇を目指して日夜練習を重ねている。
練習は週6回。平日は放課後から練習、土日が練習試合か1日練習、月曜が休みだ。長期休みには合宿も行っている。」
ああ、昨日の寮長じゃん。ユニホーム姿も様になるイケメンだな。
青春してそうだなー。
「厳しい練習も多いが、それでも皆で全国を目指したいというやつはぜひ入部を待っている」
金城先輩はそう言って白い歯を輝かせた。
「ではあいさつはこれぐらいにして、今日のメニューをこなす。
まずはおれたちの試合を見てもらってレベルを知る。そのあとはお前たちが試合をする。
人数が足りない時はおれたちから合わせる。もちろん見学も可能だ」
先輩はそこでもう一度きらりと歯を光らせた。
「もちろん、これからの試合を見てレベルが違いすぎても嘆くことはない。
練習をこなしていくうちにできるようになっていくものだし、レベルが低いと思うようなら俺たちにとっても勉強になる。
要は入部に必要なのはやる気と根性だけだ!
…では始める」
先輩方の試合は、今まで目の前で見たもので一番迫力のあるものだった。
もちろん女子とは比べ物にならない。
男子は関東レベルしか見たことのない俺はこれが全国レベルなのか、といたく感心して見ていた。
それから。
それを見ていたら、俺もバスケをしたくなってしまった。
次の試合は見学してようと思ってたんだけど、なんだかうずうずしてくる。
「じゃあ、新入生でやりたい奴はコートに集まってくれ」
何人か残って、集まったのは9人。
もちろん湊君はコートに立っている。
他のメンツも背が高くがっちりしているやつばかり。2メートルもあろうかというでかいやつもいる。
「他にいないかー?」
湊君がこっちをちらりと見た。
ううぅ。
やりたいんだぁぁぁ!
俺はコートへと足を踏み入れた。
入ってきた俺を、一番でかいやつがじろじろ見てくる。
チビだと思ってるんだろう。まぁ170もないけどさっ!
対するでかいのは190ぐらいありそうな身長に見事な筋肉をつけ、細身の湊君に比べたらゴリラのようだ。
ゴリラは今度は湊君と何か話している。知り合い?
「ちょうど10人いるみたいだな。じゃぁさくっとここで半分ねー」
俺は湊君と同じチームだ。そしてゴリラとは敵同士。
ゴリラと目が合う。小馬鹿にしたような表情。
むっとしたが、気にせず渡されたゼッケンをつけた。
「じゃ、1分で作戦会議してね」
ゼッケンありチームが集まる。
見覚えがあるのは湊君だけだった。後は全員別クラスらしい。
全員もとバスケ部らしく、話はポンポン進む。
「俺はフォワードだ」「俺センター」「俺もセンター」
「…じゃ、俺ガードやる」
湊君はガード。間近で見れるのがうれしい。
そんな俺は…元センターなのだが。
そんなこと言うのも阿呆らしいので、何も言わずにうなずいた。
「はーいでは並んでー」
あいさつをして、早速始まる。
ジャンプボールはこちらのセンターとやはりあのゴリラだった。
俺はこっそりさらしの状態を確かめるとサークルの周りに立つ。
先輩の手からボールが投げられる。
先に触ったのはゴリラだった。さすがでかいだけある。
相手ボール。
男子と練習をしたこともあるが、その時は向こうも加減していたんだろう。
やつらは容赦なくぶつかってくる。できるだけムネに当たらないように体をずらすのはとても面倒だった。
でもその時とは俺も鍛え方が違う!
思いっきり突っ込んでボールを奪うと、でかい男たちの間をすり抜けて湊君にパスを回す。
そのままダッシュ。
でも速攻には出来ずに、みんなが配置についた。
俺はちょこちょこと動き回る。
ディフェンスに壁を作ると、湊君がシュートを打った。
こぼれたボールを取ったセンターがゴールに押しこむ。
相手も負けじとシュートを狙い、雄たけびを上げたゴリラがダンクを決める。
なんか俺に向かって勝ち凝った笑みを向けてくるのはなんでなんだろう。
湊君のボールさばきは本当にすごかった。ディフェンスをかいくぐるとそのまま一人でシュートまで持っていく。
ボールが手に吸いついているみたい。
俺も無我夢中で走りシュートを決める。
両手打ちから片手打ちに変えた甲斐があったというもんだ。
湊君とハイタッチをした。
ニカッと笑ったら、笑い返してくれて思わずニヤけてしまった。
相手方もシュートを狙ってくる。
こぼれてもゴリラが拾うので、両者得点は拮抗していた。
あのでかさ反則だろ!
ゼッケンチームのフォワードが奪ったボール。
湊君に渡るが、その前にはゴリラの巨体が。
真剣な表情でにらみ合う二人。
湊君が動く。
あってまに抜き去られたゴリラは苦々しげに走っていた。
俺はスリーポイントエリアまで行きボールを受けると、フェイントを入れてディフェンスを交わした。
ボールが吸い込まれるのを確認して湊君に手を挙げた。
残り時間5分。
さすがに疲れてきたが、まだまだやれる。男として鍛えてきたのにこれくらいで音を上げてたまるか。
意外に相手できていることに俺は満足していた。
もしかして普通に入ってもやっていけるんじゃないだろうか。
普通に走ったんじゃ勝てないけど、フェイントや細かい足さばきがあれば抜くことはできるし、
体が小さい分細かな動きで翻弄できる。
そんなことを考えて、入部しちゃおっかなーどっかなーと思っていた俺にボールが回ってきた。
スリーポイントエリアまでは少し距離がある。湊君は俺より後ろ。敵はみんな後ろ。
そこら辺を一瞬で判断して、俺はボールを操って走り出した。
ランニングシュートで決めてやろうと走りこんでステップを踏む。
後ろから誰かが走ってきているが気にせず腕を伸ばそうとする。
しかし、肩に何かがぶつかった衝撃で俺は壁まで吹っ飛んだ。
肺から空気が押し出される。息がとまる。壁には頭をしたたかにぶつけてしまった。
「中條!?」
湊君の声が聞こえる。
先輩の笛の音が響いた。そりゃファールにもなるさ!
「うっ…」
壁から跳ね返って微妙な位置に転がった俺は、飛びそうになる意識を押しとどめて体を起こした。
う〜。ぐらぐらする。
ここまで吹っ飛ばした相手が視界に入り、思わず睨みあげた。
ゴリラはおれの視線を受け、立ったまま見下ろすと肩をすくめて仲間に聞えよがしに言った。
「あんな吹っ飛ぶなんて鍛え方が足りねーンだよ」
「何だと…!」
思わず立ち上がって目の前まで歩いていこうとすると、ぐらり、と視界が傾いた。
耐えられずしゃがみこむ。
悔しい…!
「おーい?ボクー?大丈夫でちゅかぁー?保健室連れて行ってあげましょうかぁ?」
「おい、やめろ有村」
ゴリラは有村というらしい。そう言って止めてくれたのは湊君だった。
やっぱり知り合いなんだろうか。
ゴリラ有村は舌打ちすると湊君をねめつけた。
「うるせー湊。俺は親切にしてやってンだよ。な?ボク?…それともお嬢ちゃんかな?」
完全にばかにした物言いに俺は思いっきり見上げて睨んだ。
お嬢ちゃんだと!?俺がどれだけ苦労して男になってると思ってんだ。
ギリ…と歯を食いしばった俺を見て、湊君が目を細めて低く言う。
「…それ、おちょくってるって言うんだよ」
「だって名前しらねーし?」
「…中條だ」
俺はゆらっと起き上って有村を睨みあげた。
さっきからバカにしやがって!おこったぞー!
「どうも吹っ飛んでスイマセンネ!さぞかし鍛え方が足りなかったんでしょうよ?」
「わかってンじゃねーか」
「えーえー。あなたから見たらオコチャマですものねボクは?」
「馬鹿にしてンのか?あ?」
「はァ?おめーの言ったこと肯定してやってんだぞ?お前のようなゴリりん坊やの日本語を正しく解読して答えてやってるのに…」
「な、ごりりん坊やっててめー!」
「はぁー、でもよく考えてみれば、ゴリラに吹っ飛ばされて無事な俺ってすごくな〜い?」
「て、てめぇー!」
有村が俺につかみかかってこようとする。ふっ。手を出そうとするたぁ甘いな。
周りにいてさっきからやめろやめろって言ってくる先輩がたが有村を止めてくれた。
「おい新入生、いい加減にしとけ。お前昨日もなんかもめてただろ」
金城先輩が言ってくる。うげ。気づかれてたのか。
「先に口を出してきたのはそっちだし。やられたらやり返しますよ、俺は」
「気持ちはわかるけどな。すこしは大人な対応をしろ」
「はい。すいません…」
そこまでいって、俺の意識はまた遠のきかけた。
「おい…」
湊君が支えてくれる。
「ああ。悪い」
俺は金城先輩に向き直ると頭を下げた。
「30分たったんで次行きます」
「そうだな。」
金城先輩は解散を指示して、残る人以外は体育館から出ていく。
結局同点で終わった。さっきのシュートは結局決まったのかな?
俺もぐらつく頭をおさえて靴を履き替えていると、二人組が話しかけてきた。
「中條君」
「え?…あ、えーっと新聞部の」
「あ、どうも」
そこにいたのはメモを持った新田とカメラを構えた黒沢だった。
俺は心なしか後ずさる。
新田はペン片手にフレンドリーに話しかけてくる。
「やー大丈夫だった?ものすごく吹っ飛んでたけど」
「あ、はい…」
「彼、有村聖人っていうんだけど、身長190センチ、体重98キロなんだって。
あんなのに勢い良くぶつかられたら誰だって吹っ飛んじゃうよねぇ」
「はぁ。でかいっすね」
「うん。あといくつか写真を撮らせてもらったよ」
「はぁ。それも載せるんですか?」
「うん。だから許可をもらおうと思って」
「はぁ。ど、どーぞ…」
「うん。ありがとう、いい記事書くからさ!」
「はぁ。俺、そろそろ行きますね…」
ふらふらになってきた俺はさっさと逃げた。
ここで質問攻めになったら本気で倒れるかも。