#11 ゴリ村とのバトル再び

どこか別のところも見ていこうかと思ったけど、少し休みたくて保健室へ行く。

「スイマセーン」

「はい」

保健室に入るとイケメン保険医が!
彼の顔を見て、自らの指令を思いだす。

眼鏡をかけている涼しげな眼もと。柔らかくほほ笑む口元。
女生徒がいたらファンクラブとかできそうだ。
ここの先生たちは若いイケメンが多い。確かクラスの担任も結構なイケメンだったな。
俺は心の中で『
先生◎』と書いた。

「どうかしたのかな。クラスと名前は?」

「あー。俺は1-Eの中條です。実は脳震盪気味で頭がぐらぐらするんで氷もらっていいですか」

「1-Eの中條君ね。俺は保険医の藍川です。
頭ぶつけた?気をつけたほうがいいよ。少しベッドで休んで」

言われるがままにベッドに横たわった俺の頭に氷を当ててくれる。

「ちょっとごめんね」

藍川先生は俺の頭を触った。鈍い痛みがする。たんこぶできたみたいだ。

「たんこぶできてるね。大丈夫とは思うけど、急に具合が悪くなったら教えてね。
じゃぁ少しゆっくりして」

柔らかい笑顔の先生はそう言ってカーテンを引いてくれた。
俺はたんこぶに氷を当てて目を閉じた。

 

 

はっ。
寝てた。

むくっと起き上がる。氷はもうぬるくなっていた。
休んだせいかさっきよりは頭のぐらつきはない。

「せんせーい」

「具合はどう?」

ベッドから降りて先生のもとへ向かう。
先生は俺からぬるい氷を受け取ると、新しいものを出してきた。
時計を見ると、1時間以上経っていたようだ。

「まだ休んでいく?」

「や、大丈夫です。もう少し見てこうと思います」

「そっか。じゃあ氷だけ持って行ったら?気分悪くなったら無理しないでまた来てね」

「ありがとうございます」

藍川先生に渡された氷を手に、俺はテニスコートへ向かった。
コタローはいるかなー?

ひんやり気持ちのいい氷をほほにもあてながらコタローを探すとすぐ見つかった。
素人の俺が見てもコタローはうまいプレーヤーだった。
相手は中川だろうか。
どんどんラリーが続いていく。
コタローの鋭いコースへのボレーでこのポイントは決まる。

俺は集まっている新入生らしい団体の中に入った。
コタローたちもその中に入ってきた。
俺はそーっと近づいてコタローの首に氷を押しつけてやる。
コタローは飛び上がった。

「うぉあ!」

俺はニヤニヤしながら片手をあげ、一緒に振り向いた中川にもあいさつした。

「何だお前か…なんでそんなの持ってるんだ?」

「ちょっとたんこぶ作っちゃってさ」

「はー?大丈夫か?」

「うん。でも保健室で1時間ぐらい寝てた」

「お前、頭ぶつけたんなら休んでろよ?」

「えー。大丈夫だって」

氷をラケット代わりにぶんぶん振ってみる。
ゔ。

「…やめとけよ。見学だけでいいように先輩に言ってやるから」

微妙な表情をした俺の頭をポンポン叩くと、コタローは先輩のほうへ行ってしまった。

「中條平気か?」

中川も心配そうにのぞきこんでくる。
俺は苦笑いをして頭をかいた。

「テニス部の練習を始めます」

始まった。俺はみんながラケットを振っているのをぽつねんと立って眺めた。
クソ有村め!
まるで病弱な軟弱男みたいじゃん!

ブスッとしながら心の中でゴリラ有村へ文句をたれてテニス部の練習を終えた俺は、コタロー、中川と3人で寮に戻った。
テニス部は今週末試合があるらしく、新入生は見学時間しか練習に参加できないらしい。
コタローはぶーぶー文句を言っていた。

「あー久しぶりだったのになー先輩と打つの。打ち足りない」

「まぁま、明日以降声かけてくれるように頑張ろうぜ」

中川の話によると、入部希望者で、ずっと練習に参加している新入生の内からうまい人何人か選抜して試合に出させてくれるらしい。
もちろん練習も全参加できる。コタローたちはそれを狙っているらしい。

「まぁ虎太郎は明日には確実だろ。俺は結構怪しいんだよなー…うまいやつ居たじゃん。先輩気にしてたやつ」

「ああ、外部のテニス推薦らしい」

「へぇー。二人ともすごくうまく見えたけど」

「え。いやいや、うまいのは虎太郎だよ」

中川は照れたように頭をかいた。なんか中川かわいいな。子犬系だな。柴犬の子犬。うんうん。

寮につくと、部屋が4階だと嘆く中川と2階で分かれ、部屋に戻った。


「そう言えば中條、お前なんでたんこぶなんか作ったんだよ」

風呂に入るというコタローは風呂の準備をしながら聞いてきた。

「おー。聞いてよ。バスケ部の見学行ってさ、1年同士で試合させてもらったわけ」

「え、お前待てよ。試合なんかしたのか?」

「え。あーうん。なんかその前に先輩たちの試合見てたらバスケしたくなっちゃって」

てへっと言ってへらへら笑うと、コタローはあきれた半眼で首を振った。

「バスケとかどれだけ体ぶつかると思ってんだ?もし、その…」

コタローはそこで一瞬言い淀む。俺はそれに爆笑して睨まれた。
コタローって
だわ〜。

「ムネには当たらないように意識したし、当たっても巻いてるからたぶん大丈夫さ★」

軽いノリで言ったら渋い顔をされた。

「おい…そういう問題じゃないだろ?誰かに感づかれたらそこまで面倒見切れないぞ」

「だーいじょうぶだって。…触ってみる?

まだ巻いているムネをなでてにやりと聞いてみると、コタローは真っ赤になった。

「おまっ!いい加減にしろっつーの!」

「きゃぁ〜。ごめんごめん。冗談よん」

「全く…迂闊な行動はほどほどにしろよ!」

「うん。わかった気をつける!」

ピースサインをして答えると、ガクッとされた。
えへへー。でもコタローの心配もわかるし、少しは自重しなきゃだな。

「で、それでどうなったんだ?」

「そーそ、その相手にゴリラがいてさ、そいつが俺がチビだからかなんかわからないけど馬鹿にしててさ」

「お前そんなチビじゃないだろ?」

「うんうん。でしょ?でもゴリラはやたらでかくて、俺が一番小さくてさ」

「さすがはバスケ部」

「うん。でも俺もほら、一応バスケ部だったわけで、ちっこさを生かしてなかなか活躍してたわけさ。
んで、速攻のチャンスがあってランニングシュートしようとしてたら、後ろからゴリラが猛スピードで追ってきて…」

俺は顔をしかめた。そういえばすごい痛かった。
さすがに男の足だと俺に追い付くのは造作もないってことかな。
それがゴリラっていうのが腹たつけど!

「ファールする気満々で俺にそのまま突っ込んできたんだよ!
あの身長190センチ、体重98キロの巨体が!」

「うわ…」

「俺はもちろん吹っ飛んで、その勢いで壁にしたたか頭をぶつけ、さらに跳ね返って転がりましたとさ」

「それは…災難だったな」

「でしょ!?しかもゴリラの野郎、謝りもしないで鍛えかたが足りないとかほざいてきてさ!」

俺はその時の言い方そっくりに自分で言って自分で腹が立ってきた。
クソ!体がでかいからって好き勝手言いやがって!

「散々おちょくられたからゴリりん坊やって呼んでやった。頭がぐらぐらしなけりゃもっと言ってやったのに!」

「な、中條落ち着け」

「ふー、はー」

「でもお前、よく身長190センチ、体重98キロとか知ってるな」

「ああ…またあの新聞部の先輩に会ってさ。教えてくれた」

「へぇ…お前、頑張れよ」

お前風呂はどうする?と聞いてくるコタローに、先に入っていいよ、と答え、俺はベッドに横になった。

そのあとお風呂に入って汗を落とし、コタローと食堂に行った。

 

有村は少し前を歩く湊を見つけて、足を遅めた。

「はー…」

人知れずため息をつく。

(結局あいつが目立って終わり、か)

試合の様子が思い起こされる。
立ちふさがろうとする自分。自分に比べれば華奢にすら見える湊は、いとも簡単に自分を抜き去っていく。
イライラする。

(クールぶりやがって)

有村は昔から湊が嫌いだった。選抜で選ばれてチームメイトになったこともある。
その時から湊はアイドルプレーヤーで、何人もの女の子に差し入れをもらっていた。
あんなチャラいやつに負けるのが許せなかった。

寮の玄関に入って行った湊が足を止めた。誰かと話をしている。
覗き込むと、最初の試合で自分が吹っ飛ばしたやつだった。

(あいつ…)

確か、中條とか言った湊よりも小さい少年。
快活そうな笑みを浮かべて湊に話しかけている。
その表情は、さっき自分に向けていたものとは大違いだ。

(ウゼぇ)

女みたいな顔をゆがめて、顎を突き上げるぐらい見上げながらも睨みつけてきた中條の顔を思い出して、むかむかした気持ちが湧き上がる。
チビのくせに。女みたいな顔に体つき。ちょこまか動いて目障りだった。
そこにいるだけで人目をぱっと引くような小奇麗な顔立ちも、なんだか苛立ちを助長する。
体当たりしただけであれだけ吹っ飛ぶのには驚いたが。

(あんな顔、バスケなんてするならアイドルでもやってろってンだ)

玄関のドアに映る自分の顔をみて、有村は舌打ちした。

 

食堂には玄関のホールを通る。
運動部の練習がちらほら終わって戻ってきているところだった。
俺はその中の一人に目がとまり立ち止まった。
向こうも俺に気付いて足をとめた。
コタローがどうした?と言って振り向く。

「やぁ。湊君って寮生だったの?」

「…ああ。まあな。お前、頭は?」

おお。初めての質問返し!
今まで俺が質問しても答えしか言ってくれんかったのに!
やはり同じチームで戦った仲間意識がよかったのか!?

俺が人知れず感動していると、湊君は怪訝な顔をした。
やばいやばい。頭の具合よりも中身に不安を持たれそうだ。

「おう!げんきげんき!あの後見学もままならなかったけどな!」

「有村、キレてたから気をつけろよ」

「え。ああうん。ありがとう!」

湊君と話せればゴリラのキレ具合なんぞどうでもいいわ!
にっこり笑って湊君を見送る。

「今の、同じクラスの湊君だよ。バスケ部ですごいうまいんだ」

「あいつ昨日いなかったけど寮生だったんだな」

「うんうん。俺もそう思ってびっくりしちゃったよ」

そう言いながら食堂に行こうとすると、玄関に巨大な影が!
俺は気づかないふりをしようとしたが、視線がウザくて振り返った。

有村。ゴリラ。ゴリりん坊や。ゴリラ有村。むしろゴリ村。
やつは腕を組んでまた人を小馬鹿にした笑みを浮かべながらふんぞり返って立っていた。
コタロー若干ビビってる。

「やあ」

「…名前はなンだったけ?お嬢ちゃん」

「…ああああああ。どうしよう、コタローどうしよう。さっきはか・ろ・ーうじ・て、や〜っとわかったゴリ村君の練習中の日本語がわからなくなっちゃった!俺がわかってあげなきゃかわいそうだよね!?」

てめぇ…!何がゴリ村だ!」

「お?今のは通じた。…そっか、あだ名気にいってくれたんだね!うれしいよゴリ村君♪」

俺は満面の笑みで背伸びしてゴリ村の肩を叩いた。
ゴリ村はその腕を掴んで強い力で引いた。俺はよろめく。
それでも笑顔を浮かべた。オンナだった時の笑い方。ゴリ村が若干たじろぐ。

「ゴリ村君、じゃれてくれるのはうれしいけど、ちょっと痛いなぁ」

「てめー!いい加減にしや…」

俺は人差し指を伸ばしてゴリ村の唇にあてる。
思わず黙ったゴリ村に微笑みながら首を振ってやる。優しい声音を使って。

「ダメだよゴリ村君。おいたしちゃあ」

俺はゴリ村が赤くなって黙ったのをみるとゆっくりコタローに振り返った。
次第にニヤけたあくどい顔になってくるのがわかる。俺はゴリ村から十分離れてからまた向き直って

ニィーッシッシッシッシッ!!!

と言って逃げた。

ゴリ村の咆哮は一切シカトした。

 

「お前…性格悪いな」

コタローはため息をつきながら言った。
すでにいた中川とその友達、椎名とのテーブル。さっきの話を二人に聞かせてやっていた。

「やー、だって明らかに動揺してたぜ。中條、お前女…っぽい顔立ちなんだからあんまり変なことすんなよ」

「変なこととは失礼な。あんなでかいやつ、力では勝てないんだぞ」

ここで中川と椎名は食べ終わって部屋に帰って行った。
二人がいなくなって、コタローは小さい声で説教を始めた。

「お前さ、自分で気づいてるかわかんねーから言っとくけど…」

「うん」

「結構女だぞ」

「えっ」

「俺はお前がそうだって知ってるからそう見えるだけかもしれねーけど…
中川もお前のことすごい女ぽい顔立ちだよな、見たいなこと言ってたし」

「ま、まじで?」

「マジだ」

「マジすか…」

「さっきのゴリ村とか疑ってるんじゃないのか?
いや、疑ってなくても、女っぽいって思ってるからお嬢ちゃんとか言ってくるってことだろ?」

コタローもゴリ村って呼んでる。ウケる。

「お嬢ちゃんとか失礼すぎ!俺、男。どっからどー見ても」

「まぁ、男って言われたら男にも見えるよ、もちろん。でも、女っぽい顔をしてるんだからあんまり…刺激するなよ」

「刺激?」

「あー。うん、あれだ。女ぽく喋ったり唇触ったりしただろ」

あああああ゙!!!

俺はそのことを思い出してあわてて指をコタローのパジャマで拭いた。
コタローはあきれていた。

「疑われても仕方ないぞ?」

「だってゴリ村がお嬢ちゃんとか言ってくるからお嬢ちゃんぽくしてやったんだもん。俺は俺の武器を有効に活用した!」

「武器とか、そんなアホな…」

「大丈夫。いざというときはどうにかする。たとえゴリ村でも抵抗する術はいくらだってある!」

「不安だ…」

コタローは頭を抱えいるけどそこまで心配かなぁ。
俺は結構すっきりしたんだけどな。
ゴリ村のあの動揺した顔!
思わず
あくどい笑みが出るぐらい快感だった…!

 

  

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