#9 部活紹介と琉衣の悩み

そして食事。

食堂には例によって旗が立っており、『1-A』とか書いてある。
これは要するにさっきのクラスで食えとな。まあいいけど。

セルフサービスで盆を突き合わせた俺たちは、何を話すでもなく黙々と胃に収めたのだった。
そんなテーブルは食堂広しといえどここだけだ。

食べ終わり相変わらず近しいもの同士ぼそぼそと話しながらお茶をすすっていたこのテーブルに、何人か連れ立ってやってきた。
見た目は明らかにロン毛のギャル男で、瀬戸と似た風貌だ。
ただチャラい瀬戸より深みにはまっている。よってギャル男。
まあ残念なことに、由緒あるこの高校ではこう言った人種は少数派だ。

瀬戸の近くに寄ったギャル男は、ニヤつきながら瀬戸に話しかけた。

「よー慶。久しぶりじゃねーか」

「あっ先輩たち。久しぶりっす」

そのままゴショゴショと話し込む。時折ちらとこっちを見られてるような気がするが、まあいいか。
しばらくゴショついていたチャラ瀬戸とギャル男ズは笑いながら席を立ってどこかへ行ってしまった。
あわてて子分が後を追いかける。
瀬戸はなぜか、食堂のドアのところで振り返り何やら勝ち誇った笑みを浮かべたが、向けられたものは全員意味が分かっていなかった。

テーブルのみんなはボケっと瀬戸を見送り、その後めいめい部屋へ消えた。

部屋に戻り、譲りあいをしながら風呂に入る。
どちらともなく今日の話になる。

「お前、完全に瀬戸ってやつに目ぇ付けられたんじゃねーか?」

「えー。マジー?めんどくさ」

「…おま、ホントそう思ってる?」

半眼のコタローを無視して、髪を乾かし終えた俺はベットに横になる。
入学前に少し軽くしてきたので乾くのが早い早い。

瀬戸のあの笑みは俺に向かってたのか。
そうコタローに聞いてみた。

「んー。まぁ俺もよくはわからないけど。たぶん、あれじゃね?
俺は先輩の知り合いもいるんだぞっていう」

「なにそれ。牽制?」

「ふざけることしたらシメるぞって感じか」

「…コタロー」

「・・・?なんだ」

俺の憮然とした表情に怪訝な顔をするコタロー。

「いや、コタローって結構のほほんとしてるからさ。
そういうシメるとか喧嘩みたいなことには縁がなさそうだとかって思ってた」

「…まぁ、俺も目をつけられやすいからな。理事長の孫って」

「なーる。仲間だな!」

俺がそう言うと、コタローもニカッと笑った。

 

次の日はめまぐるしく過ぎていった。
生徒会による校内案内と、それに付随した先生方の紹介。

退屈極まりない。

そんな今はお昼をはさんで部活紹介に入ったところ。
新入生が体育館に集まり、上級生による必死なアピールを眺めていた。
今は、ある意味必死にアピールする必要性を感じない文化部が紹介を行っている。

「…えー。我が部はありとあらゆるデジタルを網羅しており、入部者は自分のお好みでどんなことでも出来るのです!」

ぱっ
とパワーポイントの画面がステージに映し出される。

アニメ

ゲーム

パソコン

プログラミング

・・・

デジタルっぽいものがどんどん表示される。
さすがにパソコンの扱いはうまそうで、まるでCMを見ているようだった。

「パソコンが扱えるようになりたいという方もどしどし入部お待ちしています!」

画面にはアニメの人気キャラクターが笑顔で手を振って、吹き出しには「待ってるねっ」とある。
そういう部活らしい。

「コタローはやっぱテニス部に入るのか?」

「ああ。ずっと続けてきてるからな」

「そーかー。俺はどうすっかなー」

「うーん。前はバスケやってたんだっけ」

「おう。でもちょっとさすがにまずいからな。ぶつかるし、何より…男と女じゃ勝てない」

最後の一言は小声でつぶやき、俺がまじめにぶーたれると、コタローはそうだなぁと呟いた。

「運動部はきついかもしれないな」

「でも運動した―い」

「や、俺に言われても…」

「悪い」

俺は肩をすくめて、部活紹介に向きなおった。
ステージではなぜか、女装した生徒と普通の生徒が手を前で組み合わせ見つめあっていた。
女役はあきらかに男と分かるほどにはごつかった。

そんな二人はそのまま顔をつき合わせ…

「うわぁ」

と誰もがその先の展開を予想し引いているが面白がっているといった面持ちで見つめる。

しかし、

「とりゃぁぁぁぁ!!!」

とサムライ(姿の生徒)が男役にとび蹴りを放ち事なきを得た。

「なんだ、残念」

「同感」

もちろんこれっぽっちもそう思ってないのはお互いわかっている。

「演劇部か」

「そうみたいだな」

「女役もやんなきゃならないのはかわいそうだな。見てて」

「…同感。お前入ったら?」

「コタローくん…?」

「…すいません」

「我が部はもちろん男子ばかりですが、OBにはドラマデビューした俳優もいるほど伝統ある部活です!
ちなみにその方は最近の月9ドラマでもレギュラー出演していた佐藤氏です」

そのアナウンスの後、知っているやつと知らないものの入り混じったざわめきが場を支配した。

「うへぇー!!あの人ここの卒業生なんだ」

「中條、知ってんのか」

「モチのロンだよ!佐藤氏ってあれだろサトタロでしょ」

「なにそれ。サトエリなら知ってるけど」

全くピンと来ていないコタローに半眼を送り、ちっちっと指をふる。
サトタロは好きな俳優の一人だからつい説明に力が入ってしまう。

「クぅー。知らないの!?イケメン俳優で最近出始めたんだから」

「有名?」

「まだ知る人ぞ知るって感じかもだけど。でも結構いろんなドラマも出てるし、人気はあるんだよ!
あたし…」

「こらこら。戻ってるぞ」

眉間にしわを寄せてあわてた様子でコタローが俺の口をふさぐ。
興奮してたら琉衣子に戻ってしまっていた。気をつけなくては。
気がつけば演劇部は説明に戻っていてかなり目立っていた。

「ごふぇん」

口をふさがれたまま謝ると、コタローは「わ、わり」と言って手を離した。

つまんないなー。やっぱり男とは俳優のカッコよさを語り合えないんだろうか。
気がつけば演劇部の説明は終わって、弓道部が弓を構えていた。

そんな感じで終わった部活紹介。
俺はいまだにどうしようか迷っていた。
ここでは必ず部活に所属しなくてはならない。
俺はバスケに入りたくはあるが、やはり女の身では無理だろう。
ぶつかるし、力やスピードじゃ勝てないし。

そうは言っても、他の運動部でもきついことには変わりない。
なんといってもスポーツ推薦で入ってくる生徒はみな関東大会レベル以上なのだ。
そういう生徒がいない運動部はダンス部しかない。
でもダンス部の生徒は、昨日瀬戸と消えていったギャル男たちだった。
まじめに取り組んでる人もいたが、ギャル男が目立ってしょうがなかった。

そんな部活には入れない。

かといって生来体を動かずにはいられない自分が文化部でやっていけるだろうか。
や、やっていけないわけはないだろう。
ただ満足できるかと聞かれたら…

う〜〜〜〜ん

人知れず悩む俺に、悩む内容がよくわかるコタローがちょっとすまなそうに話しかけてきた。

「中條、俺テニス部の見学行くけど、お前どうする?」

「ああ…今日はずっとテニス部か?」

「おう。ほかに入る気ないし」

「そっか。じゃあ俺ちょっといろいろ見てくるよ」

「悪いな。その…平気か?」

心配そうなコタローに悪くて、俺は心配するなと笑った。
俺のおかげで行動が制限されたらコタローがかわいそうだからな。

「ダイジョーブ。満足したらテニス部も見に行くよ。じゃあな」

部活見学は30分ごとに抜けることができる。
いろいろ回れるようにとの配慮からで、2時間までは見学時間。
そのあとは残るなり帰るなり自由だ。
コタローは最後までいるつもりなんだろう。
テニス部の紹介の時も知り合いの先輩のことを教えてくれた。

そんなことを考えながらコタローと別れた俺は、視線の先にとある人物を認めて足を止めた。

自然と顔がほころぶのを右手で押さえながら、俺は彼に近づいた。

 

  

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