#13 新聞発行と琉衣の苦悩
部屋に帰ってシャワーを浴び、頭を乾かしているとコタローが戻ってきた。
「おう、お帰りー。今日は遅かったじゃん。さては選抜メンバーとやらに選ばれたんだな!」
ニヤッとして聞いてやると、コタローもニカッと白い歯を見せて笑った。
ただ一瞬視線を下に落とす。
「まーな。…俺ともう一人、推薦のやつが選ばれた」
「ああ…じゃあ、中川…」
「ま、でも今週末以降は普通に参加できるし、それから挽回だってできるはずだからな」
コタローは頭を振って、安心させるように笑った。
俺も笑い返す。
「お前は今日なにしてたんだ?」
「ああ、俺小滝と一緒に文化部めぐりしてた」
「小滝?ああ、あいつか…」
「まぁいろいろあったけど」
「いろいろって?」
興味津々で聞いてくるコタローに、俺は重々しく正座をして語ってやった。
「次の新聞のトップはどうやら俺様らしい」
「はァ?次の新聞って新年度1号だろ?大丈夫なのか?新年度1号って外部にも配布しててさ、あんま出てこない生徒の情報が唯一公式に大っぴらにされる機会なんだぞ」
「そんなすごい新聞なんだ。あれ」
俺は結構失礼なことを言ったが、コタローは特に否定せずに眉を寄せた。
「お前のこと知ってるやつに見られたらどうするんだ?」
「ああ、それに関しては問題ないよ。中條琉衣子は海外留学中だから」
そういう設定だ。琉衣子は夏休み以降必死に英語を勉強してたから信憑性も抜群だし、進路を聞かれたらみんなにそう言っている。
「でもさすがに顔似てるし、名前も一文字違いとか、気付くやつ居るだろ」
「顔似てるのはいとこ同士だから、名前が似てるのはわざと似させた…という設定」
「…」
悪びれずに言う俺に、コタローが半眼を向けてくる。
「それに、俺の友達にはこのことを教えてあるから、もし聞かれることがあったらフォローするように言ってある。
バラすような奴には言ってないし」
そこには自信ある。その子たちには無事卒業できたら焼肉をおごると約束しているし、そいつら全員ノリノリで約束してくれたから、きっと平気だろう。女子たちにはイケメンとの合コンをお約束した。笑
俺は引き出しから写真を何枚か取り出す。
「ほら見てよこの完成度。これ見せれば完璧じゃん」
俺と俺の合成写真。アイコラが得意な友達が徹夜で目を血走らせながら作ってくれた。
普通の女の子してたときに旅行先で撮った写真だ。
珍しくスカートをはいて満面の笑みを見せている私と、その隣にいる写真に興味ないといわんばかりのやる気のない体勢で、目線だけカメラに向けている俺。
男の俺は男になりきっていて、似てはいるけど同一人物には見えないと自負するぐらい。
コタローはその写真をまじまじ眺めた。
「へぇぇ。なかなかうまくできてるなこれ。合成…なんだよな?」
「そうだとも。ちなみに一年前のあたしととその一年後の俺です♪
あ、未玲ちゃんと写ってる写真も作ってもらったんだよ」
作った写真を見せると、コタローはいたく感心していた。
「この完成度でこんなに作るなんてすごいなぁ」
「だろ?」
「まぁ、何があるかわからないんだから、用心はしとけよ?」
全く心配する様子のない俺に、コタローは小さく肩をすくめてそういい、それでこの話は終わりになった。
次の日、教室に行くと、クラスメイト達がばばばっとこちらを見た。
目があった小滝が笑いかけてくる。
思わず後ろにいたコタローに視線を送ると、コタローはジト目で見返してきた。
「…なんだよーその目つき」
「お前知らなかったの?今日例の新聞が発行されたんだぞ?」
「なに!?早くない?」
「別に早くないだろ?記事はもうできてたんなら」
「あっそうか」
とにかく、この注目を浴びている状況というのはどうも今朝、新聞が発行されたことに起因するらしい。
そういえば校門で人だかりができてたけど、あれは校外にも配ってたってことかな。
寮生は校門の反対側にある寮からの登校だからよく見てなかったけど。
まぁいつまでも入り口にいるわけにもいかないので入る。
「はよ。小滝」
「お早う。中條に桜川君」
「オス」
小滝にあいさつすると、にっこり笑って返してくれる。
そうしてる間にも、ひっきりなしにドアから顔がのぞいて、どれが中條?とかあれが例の…とかなーんかいろいろ聞こえてくる。
「よー国仲」
コタローが今入ってきた人物に声をかけた。
たしか皆星中学出身のエスカレーター生で、コタローに言わせれば、まぁそれなりの知り合い、らしい。
彼は実家から通っているそうだ。
国仲はよくありそうな黒ぶち眼鏡をかけた目をきらりと光らせてこちらにやってきた。
「よう。中條ってオマエだろ?」
「おう。そうだけど?」
なんか急にお前呼ばわりされて若干むっとしたが、まぁなれなれしいのには慣れている、のでにこやかに答える。
すると国仲は俺の目の前でパシン!と音をさせて手を合わせた。
そしてうるうるした眼でこういった。
「マジでか!!頼む、今度写真撮らせてくれ!」
「…」
俺以下、コタロー、小滝は目が点。
俺は思わず口をあんぐりとあけて答えた。
「ぬぁんどぅえ…!?」
「頼むよー!」
必死に俺を拝む国仲。
あまりに必死だ。
何なんだ国仲。そんなに俺の写真がほしいなんて…
記事のでいいじゃん。1面だからカラーだろうし。
「記事にあるじゃんさ。写真くらい」
「それだけじゃなくてさ!」
なっ、頼むよ!と手をすりすりさせる。
そんなに俺の写真がほしいなんて…。
まさかこいつ、モーホー…?
なんとなく適当に疑りだしたが、実際のところは違った。
「実はさー、俺の好きな子がF女付属に通ってるんだけど、その子が今日この新聞もらいに来ててさ。
お前のこと気にいったみたいで写真撮ってきてって頼まれたんだよ!
写真撮ってけばあの子と会うチャンスもできるし!頼むよ、俺の恋のキューピッドになってくれぇぇ!!」
そんな事実を言いながら俺の肩を掴んでガクガクと揺らす。
俺は「わーった、わーったから!」というよりほかなかった。
ちなみにその後国仲をいじめてF女付属の子について問いただしたところ、1個上で茶髪で巻き髪ロングのギャル系美少女らしい。
女子高なのに茶髪OKなのか?
まあとりあえず、地味め眼鏡、略してジミメの国仲の勝利は薄そうではある…。
「なるほど―。ミキちゃんかぁー」
「やめろっ!大きい声出すな!」
「ミキちゃんへって写真にサインかこっかなー」
「ミキちゃんは俺が先に目を付けたんだぞ!」
「…まだ国仲君の彼女でもなんでもないけどね」
小滝が冷静に突っ込みを入れる。
「うるさい!ミキちゃんは俺んだー!」
「あーはいはい」
そんなこんなで一瞬にして時の人(校内もしくは一部地域に限り)になった俺は、どっか移動するたびいろんな人に見られていた。まるで芸能人。
さすがにぐったり…
「はーいじゃあ今日は終わりー。気をつけて帰れよー!
家に帰るまでが学校だぞー。変なおじさんについていくんじゃないぞー」
担任がなんか言ってる。
「あっ。ダメじゃん。…お前らあと2時間は部活見学ちゃんとやれよー!
帰るのはそれからだぞー」
担任間違ってる…そう言えばこの担任名前なんだっけ。
首にぶら下ってる名札を見ると「永井義人」と書いてあった。そうだそうだ。
なかなかのイケメンだが、言うことがいちいち変な先生だ。
今日で部活見学も終わりだ。
あー俺、本当に本当にどうしよう!
バスケには入りたい。でもリスクが高い。
でも文化部だったら何に入る?
あー・・・
脳内で堂々めぐりしてる間にも、俺を見にいろんな顔が出てきては引っ込んでいる。
結構うざい。
俺は早くも軽率な行動を後悔しつつあった。
目立つんじゃなかった…。
「お前今日はどうするんだ?」
コタローが机に突っ伏した俺に声をかけてくれる。
コタローは俺が何に悩んでいるのか知っているから遠慮がちだ。
「うーん…ホント弱った。あ。コタロー、俺にかまわず部活行ってくれ…」
「大丈夫なのか?」
「俺にかまうな…!行け!」
なんかロボット戦闘アニメとかにありそうな台詞を重々しくつぶやきコタローを追い出す。
コタローは俺の頭をポスっと叩くと出て行った。
「中條、大丈夫?」
「小滝か…俺にかまわないでくれ…」
「そんな…具合でも悪いの?」
小滝が心配そうにのぞきこんでくる。
「俺は思春期にありがちないろいろな苦悩を今受けているところなんだ…」
「えっ恋?」
「なんでそうなる!」
俺は盛大にため息をつくと椅子によりかかる。
「あーあ、お前やコタローが、て言うか今この瞬間の俺以外の全員がうらやましいよ」
「そっか、今日大変そうだったもんね…。でも大丈夫だよきっと。すぐみんな忘れるよ」
「は?…ああ」
小滝は今朝の新聞のことを言ってるらしい。
まあ確かに今の状況に拍車をかけてる気はするけど。
俺はゆらりと立ち上がり、きっと眼光鋭く小滝を見据えた。
「俺のことなら気に留めるな。これは一人で答えを出さなきゃならないことなんだ」
かっこよく決めて、俺は片手をあげて小滝にあいさつすると教室を出た。
「はぁー来てみたけど」
体育館の前まで来て唸る。
「やっぱやめようかな…行くと入りたくなるだろうし」
独り言をつぶやき、くるっとまわれ右して、そのまま階段を上ろうとした。
「うっぷ」
「うおっ」
階段を下りてきた誰かの胸板にもろにぶつかった。
「わ、すみません…って、湊君」
「ああ、中條か。わりぃ」
胸板!湊君の胸板だよ!ビバ階段!ビバ偶然!!
一瞬でテンションが上がった俺は、次の湊君のセリフで事実を思い出す。
「今日行かないのか?っていうかお前、バスケ入部する?」
「う…」
思わず目をそらしてしまう。
「他になんか決めてんの?」
ああ、湊君が質問攻めにしてくれている…うれしい、うれしいが。
「いや…特には」
「ふーん」
湊君は特に興味なさそうな返事を返すと、俺の横を通り過ぎて行こうとする。
「あ…」
俺が変な声を出すと湊君は振り返った。
「お前どうした?なんか…こないだみたいな覇気がないぞ」
「そうか…?」
まあ確かにそうかもしれない。俺らしくない。
でもそれくらい悩んでるんだ!
「バスケ入りたいんじゃねーの?」
「入りたい…」
「入ればいいじゃん」
なんだこの会話。俺まるで駄々っ子だな。
「入りたいけど入ってもいろいろ大変なことがあるんだよ…」
「何だそれ。そんなの当たり前だろ」
呆れたように言う湊君の声に俺ははっとした。
確かに、男でレギュラーになれるくらい実力のある湊君でも、毎日の練習だったりなんだり大変なことはあたりまえなことなんだ。
部活ってそういうもんだ。
「俺はお前結構できるほうだと思ったけど」
「あ。ありがとう…お世辞でもうれしいよ」
や、やばい。マジでうれしい!
本気でお世辞だとしてもうれしい!
「でも、お前何で渋ってんだ?」
「あー。うん。ちょっと、体のことで」
「体?」
湊君が怪訝そうな目を向けてくる。
だってなんて言えば適当なんだ。
「うん。そう、俺さ、身長も低いし、昔っから人より力とか全然なくってさ。
中学の時は周りもそんな強くなかったからそれでも平気だったんだけど、でもこないだ試合したらやっぱ厳しくて、それで…その」
若干しどろもどろになりながら説明する。
湊君はやっぱり「ふーん」と気のない返事を返してくる。
「まぁ、そんな悩むほどなら、部長とかに相談してみれば」
湊君はそう言って体育館に行ってしまった。
俺が行こうか行くまいかまだ迷っていると、湊君が振り返って声をかけてくれた。
「いかねーのか」
「い、行く!」
俺は湊君に続いた。