#14 琉衣の出した結論

今日は本当はバレー部が休みで、メインを1面使えるはずなのだが、見学期間のため2時間だけ活動しているらしい。
俺は回ってばっかりだったが、ほとんどの生徒はどこに所属するか決めていたらしく、見覚えのあるメンツが並んでいた。でもなんか前より減ってる気がする。

「よっ。えーっと、琉衣?」

「ああ、大江先輩」

多少びくびくして湊君の後に続いたものの、若干緊張していたので声をかけてもらって少し力を抜けた。
大江先輩は前会ったときとは違って化粧はしてなかった。
もともと綺麗な顔立ちなんだから化粧しなくてもいいと思う。
うん。こっちのほうがずっといい。

「先輩化粧してないほうがずっといいと思いますよ」

「あー。まあね」

わかってたのか…。

「それより琉衣、お前バスケ入部するのか?」

「したいなーとは思ってるですけど…。いろいろあって要相談なんです」

「俺でよければ聞いてやるけど?」

親切だ。ただのチャラい先輩じゃなかったのか!
でも俺はかぶりを振った。

「大丈夫です。とりあえず部長さんに相談してみてそれから自分で決めます」

「そうか、金城部長ならあっちいるぜ」

大江先輩に言われた方向を見れば、ゴリ村と話しているイケメンの姿。
むむむ…

「湊君、俺ちょいと行ってくる…」

靴を履き終わってこっちを見ていた湊君は、俺の差す方向を見て一瞬首をめんどくさそうに振った。
俺もちょっとやなんだけど。ついて来てくんないかなー。


「行って来い」

「…」


期待してすいません。

湊君はさっさと他の新入生に交じってシュート練をしに行ってしまった。
冷たい…うそです。とっても優しかったです。

俺はさっきの湊君の優しさを思い出して気合を入れると、金城先輩(+ゴリ村)のいるところにむかった。
金城先輩も背が高いから威圧感たっぷり。185センチぐらいありそう。


「今度の練習試合で俺を使ってくれるんスか」

「ああ。あと湊もね。とりあえず2人は選抜メンバーでもあったし、お手並み拝見ということで」

「俺だけで十分っス」

「そんなこと言うなよ。湊みたいなライバルがいるのはいいことじゃないか。お互い切磋琢磨するんだぞ。じゃあ、そのつもりでいろ。湊にも言っとくから。…ん。なんだ?」

そんな話をしていた金城先輩が俺に気付いて顔を向ける。
ゴリ村も俺を見て露骨に顔をしかめた。うぜー!

俺はゴリ村をシカトして先輩に話しかけた。

「あのー。金城先輩。…入部って今日からなんですよね?」

「ああ。そうだ。今日から1週間、入部届けを受け付ける。だが必ず一つは明日の金曜までに出すことになっている。いくつか所属する奴は来週ギリギリに出したりするが」

「そうですか…」

「どうした。何か気になることでもあるか」

「ええまあ。入部はしたいんですけど…ちょっとご相談が。先輩にしていいものかわからないんですけど」

俺が小さくため息をつきながら言うと、先輩は俺の頭をくしゃっとなでて、きらりと歯を輝かせた。みんなして俺の頭をぐしゃぐしゃにしてくれんな。まあいいけど。

「俺は部長だ。まだ部員じゃなくても入部希望があるやつは部員と同じだ。何でも相談に来てほしい」

「ありがとうございます」

「まあここじゃ言いづらいこともあるだろう、部室に行くか。有村、そういうことで頼んだぞ。戻ってろ」

いまだ突っ立って俺と先輩のやり取りを眺めていた(まるでさっきの俺)有村は、小さく会釈するとシュート練をしに行ってしまった。
金城先輩は俺に合図すると、体育館の端にある部室に案内してくれた。


「まあ入れ」

「はい」

金城先輩と一緒に入り、先輩に勧められ椅子に座った。
部室は薄暗くてへこんだボールやらくすんだタオルやらバッシュやらみんなの荷物やらが散乱して、うっすら汗のにおいがする。小さい窓が一つある。思ってたよりは広い。

「さて。…そういえばお前の名前はなんだったか?お前まえ有村に吹っ飛ばされた奴だろ」

みんなそんな覚え方だよ…ハア。

「あ、中條です。中條琉衣」

「中條か。お前が入部を渋っているのはどうしてなんだ?」

パイプ椅子をまたいで座った先輩は椅子の背もたれに腕をかけ、俺をのぞきこんでくる。
うーむ。やっぱりイケメンだよ。スッとした鼻筋に切れ長の目、鋭角の顎。ジャージを着ていてもがっしり筋肉質なのが分かって…自分の体があまりにもへなへなに感じる。

そう思ったらため息が出た。

「俺、力とか全然ないんです。身長もそんなにないし。一応中学でもバスケしてたんですけど。でもここのレベルとは比べ物にならないくらいへなちょこだったんで。…こないだ試合して、やっぱ俺には難しいかなって思ったんですけど、やっぱバスケしたくて。でも俺が入ったらみんな手加減しなきゃいけないかもしれないし、それじゃ悪いし」

「ふむ…」

金城先輩は難しい顔で唸ると、おもむろに立ち上がる。

「ちょっと立ってみろ」

俺も言われたとおりに立ちあがる。

「身長体重は?」

「ふぇ!?…えーと166センチに55キロです」

「ふーむ。ちょっと軽いしデカくはないが。ただ体が小さいことは悪いことばかりじゃないだろう」

「そうですね。こないだはそう思えたんですけど。そのあとあんなことがあったもんで」

「ああ。…ちょっと腕見せてみろ」

俺は言われたとおりにジャージをまくって見せた。先輩はぺたぺた触って感触を確かめている。
腕だけだよね。胸板の厚さとかいいよね。とひやひやしたけど先輩は腕だけでふむ・・・とうなった。
これでも筋肉をつけるために努力したんだけど。金城先輩と比べると
モヤシだよ。色も白くて。
はぁ〜。

「まあ、確かに細いな。筋肉つきづらい体質なのか」

「そうです…」

そうなのだ。いくら鍛えても俺はむきむきボディビルダーにはなれなかった。
女の子に比べれば力瘤もできるし力あるほうだけど、もともとやせ気味で、あまり太くはならなかった。これはうれしいのか悲しいのか。
今の俺の体の状況は、せいぜいまじめに運動してない男ぐらいの力しかない。持久力ならマラソンで男に勝ってたから自信はあるんだけど。

先輩はやっぱり難しそうな顔で唸っている。

「確かに細っこいし前のこともあるしな。練習も厳しいから、きついのかも知れないな…」

「はあ…やっぱそうですよね。やめちゃう人とか多いんですか?」

「そうだな。だが必ずどこかには所属しなきゃいけないから名ばかりになっている幽霊はうちの部活は多いかもな」

「そういうの平気なんですか?」

「毎年この時期に新入生以外にも部活を変更することはできる」

「そうなんですか」

「しかし変更もしないで帰宅部ぶっているやつはやっぱりいるがな」

「え。いいんですか」

「よくないが、無理やり部活させたところで部の雰囲気が悪くなるからな。俺はそういうやつはほっといている。そいつらも少しは後ろめたい思いもしてるだろうし」

「そうなんですか、優しいですね」

「優しいわけじゃない、面倒がってるだけさ」

そこで先輩は少し笑った。俺もつられて少し笑う。

「ただやる気があるやつはちゃんと面倒見てやる。安心しとけ」

「ありがとうございます」

俺がそう言ったところで、ノックの音がして別の先輩が入ってきた。
ツンツンヘアの男らしい先輩だ。

「金城、そろそろ始めねーと。もう新規の1年はこなそうだし」

「ああ、わかった」

「あ。すいません俺のせいで」

視線を落としてそう言うと、先輩は俺の頭をぽんと叩いて笑った。

「かまうな。お前も行くだろ」

「はい!」


コートに向かうと、みんなもう集まっていた。
金城先輩が声を上げる。

「よし。今日で新入生の見学は最終日だ。第1次提出は明日までだから気をつけろ。今日のメニューは…」

その声を聞きながら俺はいまだに考え続けていた。

やりたいけどついていけなかったらみんなの足手まといだし
やらなかったら俺は何をするんだろ
いかにも歓迎してくれそうな新聞?
絶対主役ができそうな演劇?
小滝が言ってた自然研究?
コタローもいるしテニスとか?
ピンとこない。

入りたいっていう気持ちが一番大事だと思うけどさ。
俺だって自分が男だったら
モヤシだろうとゴボウだろうと関係なく入部するんだけど。

女なんだもんな…
何かの拍子でバレないとも限らないし。

でもこんな強いバスケ部でバスケできるなんて。
毎日先輩たちの試合を見れるだけでも勉強になる。
まあバスケプレーヤーになろうとは思ってないけど…

高校3年間を決める大事な期限が明日までなんて。無慈悲です。


「じゃあ始めー」

あ、メニューとか聞き損ねた。
先輩たちはさっさと試合を始めている。今日も試合なのかな。
湊君が近くにいたので聞いてみた。

「ああ、5分間試合だって。土日に試合あるらしい」

「そう。昨日は何したの?」

「昨日はパス練とかゲーム形式とかいろいろした。筋トレとかも」

「ふーん…キツそうだな」

おっとこれじゃあ湊君がうつったみたいだ。
湊君が相変わらず特に興味もなさそうな声音で聞いてくる。

「結局結論は出たのか」

「いや…入部はしたいんだけど。でも俺入ったら手加減しなきゃいけない人とか出てくるだろ」

と行ってついっと視線を移すと、視線がばっちりあってしまった。意外にもすぐ近くにいた。
あわてて視線を戻したが、時すでに遅くゴリ村はずいっと割り込んできた。

「そ、う、だ、な。わ、か、っ、て、る、じゃ、ねーか」

むかつく!

「え、え。そ、う、な、ん、で、す、よ。
どうすればいいんでしょうね。やっぱやめといたほうがいと思います?」

半眼で睨みあげながら聞いてやる。
ゴリ村は顎を上げ、見下したような視線を向けてくる。鼻の穴見えてんぞ。

「…そうだなぁ。お前みたいな小さい子がいたら俺もぶつかりそうになるたび気を使わなきゃなんねーな」

「ええ。でも俺、他の部活はどうもピンっとこなくって」

「新聞部に入ればいいじゃねーか。今日の1面さんよ?」

「そうですね、それじゃあ毎回ゴリ村特集をさせてもらいますから」

俺がまじめな顔でそういうと、ゴリ村はビビって顔を青くした。

「…じゃあお前演劇とか入れば?似合いそうだろ。女装」

「そりゃゴリ村さんに比べたらお目汚しなぐらい似合っちゃいますけど」

て言うか俺と思考回路が同じかよ…
はぁー。

「お前何でも文句言うな。バスケって決まってんなら入ればいーだろ!」

ゴリ村がめんどくさそうにいう。ごもっとも過ぎて腹が立つ。
それで簡単に入って満足するぐらいなら苦労しねー。

「いろいろ事情があんだよ。なんかいい方法ないかな…バスケ部にみんなにご迷惑をかけずに入部する方法…」

俺が虫のいい希望をぶつくさ愚痴ると、ゴリ村は眉間にたっぷりしわを寄せてめんどくさそうに吐き捨てた。

「はー?てめーなんかマネージャーで洗濯でもしてろ。お似合いだ」

「何だと……ほう。」

図らずもゴリ村の案に魅力を感じてしまった。
マネージャーってあれだろ。ドリンク作ったりタオル洗濯したりスコア付けたりなんだり。
家では家事やってたし。体ぶつからないしバスケ見れるし。俺結構観戦も好きなんだよな。
たまにはボールとか持たせてもらったり試合させてくれたりしないかな!?

俺は思わずゴリ村の手を握ってぶんぶん振りまわした。

「俺マネージャーやろっかな!いいアイデアだよ。掃除洗濯なんでもござれだ。ね、湊君」

「うわっ。なんだよ気持ちわりィ!!」

「俺に聞くな…」

ゴリ村は顔を赤くして俺の手を振り払うとそのままコートに行ってしまった。
湊君もコートに向かう。
ああ、5分だからもう終わったんだ。

金城先輩がこっちへ来る。
流れる汗がカッコいい!この姿を見て
タオルになりたいと思う女の子が一体何人いるんだろう。
おっと変な思考回路が。テンションあがってきたせいだ。

「中條、さっきは話の続きだったのに悪かったな」

俺はさっきとは打って変わって朗らかなテンションで笑顔で訴えた。

「いえ!先輩、俺マネージャーやりたいです」

「マネージャー。ああ、別に今いないしかまわないが…、洗濯とかばっかりでめんどくさいんじゃないか?洗濯とかドリンクの準備って1年にやらせてるし」

「いえ。俺家事得意なんです。それで、そのー、たま〜には練習に参加させてくれたりしたら、やる気でちゃうんですけど!」

俺は目からきらきらビームを出して先輩に頼み込んだ。
先輩はゴリ村のようにたじたじにならずに、うれしそうに眼を細めニカッと白い歯を見せた。

「ああ、そんなにやりたいならそれは全然かまわない。元気が出たみたいでよかった。これから頑張れよ!」

「ハイ!」

こうして俺はバスケ部のマネージャーとして入部することになった。

がんばるぞー!

 

見学期間が終わって、バレー部が片づけを行う中、バスケ部は集合していた。

「入部を決めている1年生も残るといい。まだ悩んでいるならまた明日待っている」

そう言われても、俺を含めおそらく1年生は6人しかいない。ギリギリじゃん。
前10人いたのに。

金城先輩はしばらく黙った後頷いてもはや代名詞ともいえる歯を輝かせる。

「では今残っている1年生は入部決定ということでいいな」

にこにこと何度も頷いてまたキラリとさせる。

「では、せっかくなのでバレー部が帰るまで自己紹介タイムとしよう。では、有村から」

急に振られた有村は一瞬体をびくつかせたが、すぐに前に出てきてあいさつした。

「1−Fの有村聖人っす。センターです。…よろしくお願いします」

その後もどんどんあいさつしていく。

「1−A。高木翔矢(たかぎしょうや)です。フォワードセンターどっちもできます!」

そう言ったのは短髪で童顔な少年だった。
笑顔がかわいらしい。

「同じく1−Aの境 悠樹(さかいゆうき)です。フォワードです。よろしくお願いします」

さっきの人より多少髪が長いがワックスで立たせている。
ひとえで男らしい雰囲気だ。

「鈴木昌浩(すずきまさひろ)。1−Gです。フォワードで、たまにガードもやってました。仲良くしてください!」

人懐っこそうな笑顔を浮かべている。この人まえ同じチームだった人だ。
なんかバスケ部の男ってみんなクールかと思ってたけどそうでもないんだな。
あーでもうちの中学のバスケ部男子もみんなアホやってたわ。

「1−Eの湊飛鳥。ガードです」

緊張してるみんなと違ってただただ不愛想な湊君。
クールすぎるよ!もっとにっこりしなよ!
言いたいのをぐっとこらえて俺は満面の笑みで前に出た。

「1−Eの中條琉衣です!いろいろ事情があってマネージャーをやらせてもらうことになりました!なんでも言いつけてください!後たまには練習させてください!」

湊君を補って余りある愛想の良さであいさつした俺はにっこりほほ笑んでから下がった。
金城先輩がフォローを入れてくれる。

「中條は少し細すぎるところがあってみんなと一緒にやれるか悩んでいたんだが、マネージャーとしてみんなの役に立ってくれると思うからよろしくしてやってくれ」

「よろしくお願いします!」

その後、先輩の自己紹介もあったが、覚えきれなかった。
まあいっか!おいおい覚えようっと。

とりあえず、ということで俺は非レギュラーの2年生の先輩から仕事を教えてもらっている。

「タオルとかいろいろ散らばってるからまあ…そこは拾って、洗濯機はこっちで…」

確か先輩の名前は後藤貴明(ごとうたかあき)先輩だ。なんかいじられキャラっぽい。
1年の仕事なのにほとんどやってたらしい。実質マネージャーみたいなもんだったよ、と自分で言っていた。

そんな俺は後藤先輩の後継として鍵を譲り受けた。
この鍵は部長と副部長と1年の鍵当番しか持っていないらしい。
とーっても重要な役割だ。鍵を開ける仕事を先輩にさせるなんてもっての外だから、実質鍵開けは俺の大事な仕事だ。
遅刻しちゃダメ!

そんな後藤先輩にいろんなものの場所やらなんやら教えてもらった後は、コートに戻ってみんなの様子を見学したり、ちょっとした練習に参加させてもらってその日の練習は終わった。

「では今日の練習はこれで終わる。明日は土日の練習試合に向けての練習を行う。2年生以上はしっかり準備することだ。また1年は今回は見学となって申し訳ない。ただ有村と湊は何試合か出てもらうことになるからそのつもりでいること。では解散!」

その声でみんな部室に戻っていく。しかし俺らは1年のためモップがけやらなんやら仕事はいっぱい。さすがにマネージャーが片づけも一人でやらなきゃいけないわけはないし!

「お疲れ」

「おう、お疲れ」

確か鈴木。人懐っこそうなやつが話しかけてきた。

「君なんでマネージャーなんだよ?前試合したとき結構活躍してたじゃないか」

「まぁ、いろいろ事情もあってな」

「もったいないな〜。そういや有村に吹っ飛ばされてたな。それのせいなのか?」

「いやいや。まあそれで難しいかもとは思ったけどそれだけじゃないんだわ」

「そうかー」

鈴木は俺が特に語るつもりもないのがわかったのかそれ以上聞いてこなかった。

「にしても、有村も湊もさすが選抜メンバーって感じだよな。俺レギュラーになれる気しないよ」

「まだまだこれからじゃん!」

「そうだよね。ま、これからよろしく!」

「おー!」

鈴木いいやつだな。うまくやってけそう。

俺らがモップをかけている間に、着替えを済ませた先輩たちがわらわらと部室から出てくる。

「お疲れー後は頼んだぞー」

とかなんとか言いながら帰って行った。

「明日も放課後に集合すること。理由のない遅刻は認めないから留意しとけ」

金城先輩が脅しなんだかよくわからないセリフを最後に残して出て行った。


「もう終わりにして俺たちもさっさと着替えようぜー」

確か…高木が言いながらさっさと部室に入っていく。
同じクラスらしい境が申し訳程度にほこりを集めて捨て、後に続いた。

ゴリ村や湊君もさっさと部室にはいってしまった。

「みんな意外と適当なんだな」

「まあ、そんなもんだろ。俺あと一列やってるから先戻ってろよ」

まあ他の部分の掃除は俺が部活の時間とかにすればいいし。
て言うかそれ俺の仕事☆

「いや、俺もやるよ。どうせ今混み合って着替えづらいだろう?」

「サンキュ」

やっぱ鈴木いいやつだな!
さっき先輩たち全員収容してたけど。結構広いよねあの部室。
…鈴木ありがとう!

モップがけに満足した俺たちはそろって部室に戻った。

 

「はっ!」

「??」

俺は思わず声をあげてしまった。
俺以外のみんなが俺をいっせいに見る。
俺はあわてて手を振ってごまかした。

「いや、なんでもない。ごくごく個人的な事情を急に思い出しただけだから!」

ごくごく個人的な理由…。
ドアを開けたら湊君の生胸板が!
引き締まった美が!
フェロモンが!
ゴリ村も脱いでたがそこは見てはいけない。
…むっきむきだった。

よかった、もうズボンは着替えてるらしい。
きっとこれからしょっちゅうパンツとか見ることになるんだろうから早く慣れなきゃ。

俺はそそくさと荷物を持つと、みんなに手を振って部室を後にする。

「俺鍵当番頼まれたから、他んとこ戸締りとかなんとかしてくる」

鈴木が不思議そうに見てくる。

「着替えないの?」

「俺そこまで汗もかいてないし。どうせすぐ部屋でシャワー浴びることになるから」

「そっか、確かに」

頭イイ!とぽんと手を打った鈴木。適当に上着を着てもうすでに着替えを終えているほかの面々に笑顔で声をかけた。

「みんな着替え終わってるんだし、みんなで帰ろうよ!」

「お!じゃあ俺ダッシュで電気とか消してくる」

みんな若干複雑そうな顔をしている中、俺は部室を出て行こうとした。

すると、でかい影が俺の前に手を伸ばす。

「俺はなれあうつもりはねえ。じゃあな」

ゴリ村だった。ゴリ村はそのままさっさと出て行ってしまった。
愛想わるーい。

「帰るってもお前ら寮なんだろ。俺ら実家生だし」

「あっそうなんだ…」

高木の一言に境が頷く。
しかし境は高木の肩をポスポスと叩き、にっと人好きのしそうな顔で笑った。

「まあ電気消すぐらいなら待っててやるよ」

「…早くしろよ」

高木も渋々といった体で腕を組んだ。

俺は頷いてダッシュで電気を消して戻った。
後藤先輩に場所は聞いて把握している。

「よーしじゃあ帰るか!」

「…」

それまで黙っていた湊君がさっさと出て行く。

「あいつ、有村もだけど。愛想悪すぎだろ」

高木がぶつくさと文句を垂れる。

「あーなんであいつら二人だけ試合出れんだよ。2人出すなら全員出させろし」

「確かになー」

境が同意する。

「まあ、今週末は2人だけだけど来週からはわからないって!」

鈴木が元気づけるように言った。

靴を履き替えて体育館の玄関を出ると、湊君は一応待っててくれたらしく無表情でちらりとこちらを見た。
俺は急いで靴を履き替えると湊君のほうへ向かった。

「境と高木、あっちなんだし見送ってやろう」

「…」

湊君は若干めんどくさそうな顔で二人に向かって「じゃーな」と言った。

「じゃあな!」

「おう」

「またな」

「また明日ー」

俺らも寮に向かったが、ほとんど俺と鈴木がしゃべって湊君はたまに返事するくらい。
クールすぎだから!昼間は結構しゃべってくれたじゃん!

そうは思ったけど何も言えずに寮の玄関で分かれた。
ゴリ村がちょうど食堂に行こうとしているところで、目があったがお互いスルーした。

 

有村が自室に帰ると同室で中学からの腐れ縁である篠宮琢哉がすでにいた。
篠宮は有村が大嫌いなはずの小奇麗な顔立ちを変にゆがめ、変な歌を歌いながら背筋運動をしていた。
有村には彼の行動意図はわかることのほうが少ない。
篠宮はフンっと鼻息荒く体をおこすと、そのままの体勢で有村に声をかける。

「腹減ったんだけど」

「シャワー浴びさせろよ!」

文句は言ったものの、自分より20センチ近く小さい彼に有村は結局押し切られ、先に食堂に向かうことになった。

「マサ、お前もう入部した?」

「当たりめーだろ」

「あーやっぱり、さすが選抜メンバー、志高ス!」

「うるせぇ。お前もどうせ入部したんだろ。軽音」

「当たり前だのクラッカー♪」

「…」

そんなことを話しながら一緒に食堂に降りて行くと、みた顔が何人かこちらに向かっていた。
その中の一人と目が合う。

「…」

「どーした?」

有村はすいっと視線を外すと、篠宮の襟首をひっつかんで食堂に向かった。

「もうマサちゃんてば、乱暴!」

「キモい」

「さっきのって、マサのライバルいたな。なんだっけ。湊?」

「うっせ」

「あれバスケ部ズ?お前が一番迫力あるじゃん。なんか女の子みたいなのも一緒歩いてたけど、あれもバスケ部なの?」

「あいつは…マネージャーだよ」

篠宮の問いに答えながらも、有村は”女みたいなマネージャー”のことを思い出していた。

今日最初に会ったときの中條は少し元気もなかった。
金城部長に話している時も覇気がなく、らしくもなくため息をついて。
有村自身は中條のことをそれほど知っているわけでもないが、様子がおかしいのはよくわかった。
金城部長と話した後も、中條はまだ悩んでいる様子で…

でも小耳にはさんだその理由が「手加減しなきゃいけない人がいるだろう」というのにはむっとした。

(心配してたわけじゃねーけどよ…)

まあ確かに結構な勢いでふっ飛ばしはしたけど…
まるで俺のせいみたいじゃないか

と思った有村はついいつものように見下したような声をかけてしまったのだ。
中條もむっとしたように嫌味満載で返答してきた。
それでも愚痴愚痴とあまりにもめんどくさく、突き放すつもりで言った有村のセリフで中條の目が変わった。


『いいアイデアだよ!』


と言ってあろうことか彼の手を掴んできたのだ。いつもは睨んでるか嫌味か見下ししかない大きな瞳も、まるで欲しがっていたものを与えられた子供のようにきらきらと輝いていて…
その瞳とつかまれた手の柔らかさに、有村は一瞬わけがわからなくなった―

「マサ?」

その手の感触を思い出しかけて、有村はブンブンと首を振った。

「何でもねー、行くぞ」

「ててて。だからひっぱるなってー!」

 

  

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