#5 琉衣子と琉衣

 

とそんなことがあってから、琉衣子は男になる訓練を開始した。

もともと鍛えていたが、よりきついメニューにし、昔習っていた合気道をまた習い始めた。

言葉遣いもより男っぽくし、自分のことも俺というようにした。

とーさんは話を聞いて卒倒しかけたが、琉衣子のやる気に気圧され、まぁ、頑張れよ…と哀愁の漂う背中で語った。

兄弟たちは楽天的で、3000万!3000万!とはやし立て、琉衣子のやる気をあおった。

兄貴たちは琉衣子の男らしさを鍛えるのを手伝ってくれた。

弟は若干呆れていたが3000万につられ頑張れと応援してくれる。

年の離れた妹にいたっては琉衣子をお兄ちゃんと呼ぶ始末だ。

でも琉衣子は止まらない。

男より男らしい男の中の男を目指し。努力は続く。

無駄にメンズ雑誌を読んだ。ファッションを研究した。

バスケ部の友達と男について語り合った。

自分の周り中にいる男を観察した。

その甲斐あってか、中学最後の文化祭であこがれの王子様的生徒ナンバーワンにぶっちぎりで選ばれた。
(ちなみに2年連続)

男装して街に出たらギャルに逆ナンされた。笑顔で丁重にお断りした。

名門校だというので勉強もまじめにやった。

卒業式では、感涙極まった女子生徒たちにもみくちゃにされながら涙のお別れ。

春休み中もストイックに男らしさを鍛え続ける。

無駄に変装して桜川じーさんとともに学校へ偵察に行ったりした。

 

そして。

生まれ変わった新生中條琉衣は男になった。(ヲトメモード搭載★乙女の性は捨てられないの)

でも涙が出ちゃう、だって女の子だもん。とか独白しつつ。

冒頭の入学式にいたるのであった。

 

 

琉衣は会場で受付を済ませた。
受付のおばちゃんはどうやら在校生の母親らしい。
にっこりほほ笑むとおばちゃんは目をキラキラさせて「がんばってねっ」と言って手をぎゅーっと握られた。
「ありがとうございます」と必殺エンジェルスマイルでやんわり手をもぎ取り、自分の席へ向かった。

すれ違う人人、みんなが琉衣を振り返ってみる。女だとばれやしないかと内心ヒヤヒヤだ。

でも時折耳に届く、「あの子かわいいわぁ。うちの息子、仲良くならないかしら」などの話し声から言って、ずいぶん好意的に見られているようではある。

(やれやれ。やっぱり目立っちゃってるな〜。っと、コタロー発見!)

チラチラ自分に注がれる視線を感じながら、琉衣は見知った顔を見つけ近寄った。
コタローとは、桜川虎太郎のことである。名字からわかるとおり、桜川じーさんは彼の祖父に当たる。
ということで、琉衣の友達未玲ちゃんとは双子だ。彼も新入生。
琉衣は彼に春休みのうちに会っていた。
桜川じーさんが琉衣に紹介したのだ。

「こいつはわしの孫で虎太郎という。未玲の双子の弟だ。お前のことも知っておる。なんかあったらこいつに言え」

虎太郎は理事長の孫息子だし、学校のこともいろいろ知っているから役に立つだろうということだ。
彼は中学から皆星学園の生徒だそうだ。さすがは理事長の孫。

「おーい。コタロー」

「ああ、中條か」

コタローは未玲という女兄弟がいるからか、男子校生活が長い割には実は女の琉衣に気さくだ。
そこら辺は会う人みんなはじめましての琉衣にとってはありがたいことだった。

「どうだい。初めてだろ?こんなうじゃうじゃの男の中」

「まー若干緊張してるけど。でも入学式だからじゃないのかな」

虎太郎はあたりをちらりと見渡し、小さく笑った。彼も琉衣を見つめるおばちゃんたちの熱い視線に気がついたらしい。

「お前オバチャン共にずいぶん人気だな」

「ああ、さっきがんばってねって手ぇ握られたよ」

「クッ。ウケるなそれは。…そろそろ始まるから座っとけよ。後で寮行こうぜ」

「おう、じゃあまたな」

 

 

「寮かー」

コタローと別れて席に向かいながら琉衣はひとりごちた。
しゃべったおかげで少し気が紛れたものの、そのことを考えると気が重い。

そう、寮なのだ。
それが頭を悩ませている。琉衣はてっきり家から通うもんだと思っていたが、「寮も見てもらえるんじゃろ?」といけしゃあしゃあとほざきやがったじーさんのせいで寮行きが決定したのだ。

確かに学校は結構家から遠いんだけど… 

 

ぼやいたら、「じゃあ、卒業するまでのキミの生活費は全部負担するぞ」と曖昧な言葉に惑わされ、結局荷物ももう送ってしまった。
妥協案として、最初は何とか虎太郎と同じ部屋にしてやるということで同意した。

これじゃあ気が休まる暇なんてないも同義だ。でも決まってしまったものは仕方がない。
とりあえずバレないようにがんばるしかない。

今日から男子高校生としての生活が、はじまるのだ。

 

 

ああ、やっと式が終わった…

凝り固まった肩を回してほぐす。ついでにちっちゃく伸びをして、首を回す。

だいぶすっきりした。全く桜川じーさん話長いっつーの。今度会ったら文句言ってやる。
そんな事を考えて首をポキポキやっていると、コタローがやって来た。

「まったく、ジジィ話どんだけ長いんだよ。意識なくなったぜ」

「同感。大した内容もないことを、よくぞあんなに長くしゃべれるもんだな」

「…お前って結構毒舌?」

「なんか言ったか?寮行くんだろ?早く行こうぜ。時間なくなっちまう」

「おーす」

コタローとともに寮へ向かう。
式の後は本当は食事休憩で、午後からクラスごとに説明などがあるのだが、二人は寮でご飯を食べることにして、まずは部屋を見に行くことにしていたのだ。
ここの寮は3つの棟に分かれ、真ん中の棟が3年、左が2年、右が1年の棟だ。
右の棟、海棟に向かう。ちなみに2年のが空棟、3年が陸棟だ。
すでに寮の部屋割は受付時に地図と名簿をもらっているので、それを頼りに、というかコタローの後ろについて部屋に向かった。
約束させた通り、コタローと同じ部屋だった。少し安心。

「209。ここだな」

棟はすべて4階建で、1階が食堂や共同スペース、ランドリーや大浴場がある。大浴場なんか頼まれたっていかないけど。
2階以上はすべて部屋だ。

部屋に入ってみると、中は段ボールが数個置かれているせいか狭く感じる。部屋の両端にはベッドがそれぞれあり、真ん中にテレビ、冷蔵庫がある。クローゼットはちゃんと2つある。もちろん勉強机も…。

またトイレとバスはユニットタイプで、各部屋に一つある。これはありがたいところだ。洗面所も部屋にある。

「結構キレイじゃん。テレビもあるんだ」

正直、おんぼろアパートを想像してた。さすがは名門校。俺の部屋より広いぜ。二人部屋だけど…

「テレビを何時間見ようと自己責任だぜ。言っとくけど、遅刻は厳しいぞ」

「大丈夫大丈夫。俺時間には厳しいんだぜ?」

時間にルーズな男なんぞ男とは呼ばぬ!!俺は今まで無遅刻無欠席無早退を誇りにしてるのさ。
部活やってたらいやでも遅刻なんかできないし。

「それならいいけど」

「それにしても2階なんてラッキーだな。1階に行くのに4階とかすごい不便じゃん」

洗濯物抱えて階段を4階から降りるなんてかったるいだけじゃん。散らばしたらとんでもないことになるな。
あ、でもそこで出会いが生まれるのか!4階ってオイシイv

・・・

「キャッ」

ばらばらばら。

「大丈夫かい」

「あっ…ありがとう」

「いや、君こそ平気か」

「ううん、私は大丈夫」

「良かった。…実は俺、前から君のこと…」

・・・

おっと。ヲトメモードが発動してしまった。すぐボンヤリしちゃうぜ。
いやでもヲトメモードは大事だ。俺の乙女心の最後の砦!
ていうか調査は女の心でやるもんだし?

それにしても、女子が入ったら寮はどうなるんだろう。
男子禁制になるのはまぁ当たり前だけど、それじゃ寮での出会いは期待できないじゃん。
でも男子禁制にしなかったらそれは飢えた狼の群れに子ヒツジが入るこむようなもの…悩みどころだな。

ああ、俺ってかなり大事なポジションだ。
女の子の青春は俺の采配によって決まる!

待ってろ未来の女子生徒…!

 

キミたちは俺が守るっ!!

 

 

…おっと。ボーっとしすぎた。戻って来い意識よ。

大丈夫だ。コタローは早々と荷物整理してる。気づいてない。
そんなコタローは荷物を散らばしながら言った。

「まー今はいいけどな。ここは学期ごとに階が変わるんだぜ」

「え。マジ?」

やだぞ。散らばる出会いなんてベタすぎだし…てそー言う問題じゃないのか。

「マジ。3学期で全部の階を必ず1回は行くことになるぜ」

「なんだー…4階かぁ、面倒だな」

「ま、今のうちに寮に慣れるこったな」

そう言ってコタローは荷物をしまい始めた。時間はある。今食堂行ってもまだ人が多いだろう。
俺もコタローに倣って荷物を片づけるかな。

 

  

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