Vol.1

No.3:逃れられなかった瞳

 

あたしは反論する言葉も見つからず、ずるずると別室へ連れて行かれた。
途中で貴人君とは別れ、メイクや髪の乱れを直された。

エレベーターに押し込まれて上階へ向かう。
ついた部屋は夜景の素敵さがウリ(に違いねぇ)の部屋だった。
ふっつーにホテルのスゥイぃ〜トなんですけど。

部屋の隅にダブルベット。
ま、まさかね…

貴人君はすでに部屋にいて、窓によりかかり夜景を眺めていた。
そんな様子も絵になる。

貴人君はこちらに気がつくと、やっぱりにっこり微笑んでよってきた。

思わず逃げ腰。

「沙映さん」

「はっ」

目の前にお綺麗な顔。
目線は同じくらいだ。思ったより背はあるらしい。あたしと同じかちょっと上ぐらい。
至近距離。ほんっとにほれぼれするくらい綺麗な顔だ。
シミ一つ、ニキビ一つないなめらかできめ細かい肌。うらやましすぎるぐらい肌が白い。
おっと。あたしを至近距離で見たらケバイのがばれるではないか。

のけぞって逃げた。

彼は少し表情を曇らせてぽつりと言った。

「沙映さん、ごめんね」

「??」

「お見合いだって知らなかったでしょ」

「ええ、まぁ…」

彼は優雅にタキシードの上着をぬぐ。
白いシャツ姿で、椅子に上着をぱさりと掛ける。

やば。

萌えー…。ってこういう気持ち?

うーんなんか違う。

そのまま貴人君は窓辺に腰かけた。うっわー。夜景に貴人君。きらきらすぎる組み合わせだ。

「僕が言ったんだ。お見合いだって言わないでくれって」

「えっ」

じゃああのおねーさんの上っぱは貴人君ってことか。
…どうでもいいことに納得してしまった。

「なんで?」

「だって、もし見合いするって言ってたら、君は来てくれた?」

「…行かなかったと思う」

「だから、ごめんね」

貴人君はまっすぐあたしを見た。
いくぶん彼の美貌に慣れてきたとはいえ、やぱり見つめられるとどきっとする。

ま、負けないぞ。
きっと彼はこの顔で数々の女をたらしこんでたに違いねぇ。絶対だ!

「なんであたしを相手に選んだわけ?」

聞くと、貴人君はにっこり笑った。ああ、今日一番の美しすぎる笑顔。

「君に一目ぼれしたんだ」

「ふぅ〜ん。…ってえええええええええ!!??

笑顔に見とれて流しそうになったが、とんでもないことを言ってないかこの人??

一目ぼれしてお見合いするの?普通。
??

目を白黒させるあたしにクスッと笑った貴人君は、また私にそっと近づいて来た。

「僕が君のご両親にお見合いさせてくれって頼んだの」

「そ、そーだったんだ」

図られた!

でも一目ぼれって…あたし、確実に今日が初対面なんですけど。
いつの間に一目ぼれされてたんだ?

っていうかほんとに一目ぼれでお見合いしたわけ?

実業家の御曹司が中流の中の中流、平々凡々な家庭の娘とお見合いとか…漫画的展開もいいとこだ。

にわかに怪しく感じてきたぞ。

…でも、それで貴人君側が得するメリットなんてあるのかな??


といろいろめまぐるしく脳みそを回転させる。表情はあくまで平静を保ちうっすら笑顔。(うすら笑いともいう)

さらに貴人君が近くに寄ってくる。
また結構近くなってきた。何気なさを装い暗めの場所へ移動する。
ベッドに腰掛けて何を聞こうか思案していると、貴人君も隣に座った。

やばいぞ。
心臓がどくどくと言い始める。

「・・・・・」

「・・・・・」

あたしは緊張で何から切り出していいかわからなくなった。
部屋で男の子と二人っきり。しかもそいつは超美少年。しかもなんだか近い!
これで緊張しない人がいたらお目にかかりたい。それにあたし、生まれてこの方こんなシチュエーション出くわしたことない。
彼氏いない歴=年齢のあたしには刺激が強すぎる。

そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、貴人君は私が何か言うのを待っているのか黙っている。

「…」

「…ねえ、沙映さん」

「はっはい?」

急に貴人君が話しかけてきた。
危なく声が裏返るところだった。
ちらっと目をやると貴人の視線にぶつかる。目をそらしてしまった。

「沙映さんは今お付き合いしている人いるの?」

それを今聞くのか。いたらどうするつもりだ。
でも残念ながらあたしにはそんな人がいない。

「い。いません」

答えると、安堵したような笑顔を見せてくる。
思わず見とれてしまう。だめだめ、しっかりせねば。

「沙映さん、急にこんなことになって本当にごめんなさい。でも僕、君が好きなんだ。
一目ぼれではあるけど、沙映さんのこともっと知りたい」

「…」

吸い込まれそうに大きな眼でじっと見られる。ウソには見えない真摯な気持ちであることはきっと間違いじゃない。
当初の予定である断固拒否の姿勢がぐらついてるのが自分でもわかる。

「だから、僕とお付き合いしてもらえませんか」

「…」

返事が出来ない。
やっと絞り出した声はひどくかすれていた。

「ちょっと…考えさせて」

「うん」

ふへー。
一息ついて、無理やり視線をはがす。

ちょっと免疫が足りない。付き合うならこの顔になれなきゃいけないのか。できるんだろうかそんなこと。

…そもそもなんでこの人はあたしに一目ぼれしたんだろう。
特別可愛くもなく、目立つわけでもなく。どこにでもいる普通の人間なのに。
こんな天から10物ぐらい与えられてそうな美少年に一目ぼれされるなんて。

シーンとした部屋に急に居心地が悪くなる。
貴人君は柔らかく微笑みながらあたしを見ている。うう。

あたしは意を決して貴人君に一目ぼれのわけを聞こうと向きなおった。

「…」

「…考えてくれた?」

いえっ!そんなの今日中なんて無理!

と言ったつもりだったけど口をパクパクしただけだった。

貴人君はにっこり笑った。

「あの…」

「なあに?沙映さん」

「えっと…」

「…」

「その…」

「うん」

「近い…」

いつの間にか手と手が触れ合うぐらいの距離になっている。
近いっ!
顔が赤くなっていくのがわかる。

「だめ?」

ああ。だめじゃないけどだめです!何も言えません!

真っ赤になっているであろうあたしを見て、貴人君がすーっと目を細めてちいさく笑った。

細められてもきらめく瞳。

「近づきたいんだ」

「はぅ。」

「…」

「…」

「…」

「…えと。」

 

なにこの人!

 

「沙映さん…」

「あっ、あの…」

「なーに?」

 

ふふっと笑う。さっきと違う。

 

一言で表すなら、妖艶。

さっきのが天使なら、今は堕天使。

見つめられて、からめられて、何も考えられない。

「えっと」

「ずっと…こうして会ってみたかった」

「あっ…えーっと…」

「沙映さん、好き…」

すーっと顔が近づいてくる。
危険です!危険です!頭は信号を出してる。
でも体が動かない。
肩とほほに彼のしなやかな手が添えられる。
自分の肩に添えられた手は、こんなきれいな顔でも男性を感じさせるものだった。

目の前数センチのところで、貴人君が目を閉じた。

長いまつげ。きれいな肌。
瞳から解放されて思考能力が戻っていく。でも遅すぎた。

柔らかいものがそっと唇に触れる。

 

一瞬何が起こったか分からなくなった。

ただ、唇から伝わる体温だけを感じていた。


ぬくもりが離れる。

目の前、ほんの3センチに伏せられた瞼。

 

それが開く前に、あたしは思いっきり彼を押した。

反射的に立ち上がり彼を押しのける。

一気に上がった心拍で顔が赤くなる。

いきなりキスをしてきた貴人君は、立ち上がったあたしに驚いたのか、もとの天使の顔で目を丸くしていた。

「沙映さん…」

「う、うるさーい!」

あたしは頭を抱え叫んだ。
まだ残る感触を袖で拭う。高そうな服と腕に口紅がついたが気にしている余裕もなかった。

なにが起こったのか分からない。
貴人君が急にキスしてきた。ていうことはわかってるが、理解できなかった。

あたしは貴人君を振り返らないまま、パンク寸前の頭のまま部屋を出た。
後ろから貴人君の声がしたが、無視した。

ああああああああああああああああああああああ

なんなのーっ!!??

無我夢中のままダッシュで階段を駆け下り、いい加減息の切れたところで、
さっきの部屋が結構高いところの階だったことに気がつき、エレベーターへ向かった。

はー、はー。

 

やっと来たエレベーターに乗り込み、1階を押して息をつく。

息を整えて何が起こったのか思い起こそうとする。


まさか急にキスしてくるなんて。
変だよね!?
変だよ!

急に沸き起こった理不尽な怒りがあたしを苛んだ。

思わず逃げてきてしまったが、一発ぐらいパンチをくらわしてやればよかった。
あたしのファーストキッスが…!

付き合ってもない、しかも初対面の男に奪われたぁぁ!!


無残に突きつけられたその事実にひとしきり頭を抱え悶絶している間に、エレベーターは1階についた。

肉体的にも精神的にもぐったり疲れた体を引きずってホテルを出る。

玄関前には、あの野郎(と呼ぶのもどこか変だが)・貴人の母親の香苗さんとスーツを着た使用人のような人が何人かいた。
一瞬逃げようか迷ったが、もうそんな気力はないので彼らのもとへ向かう。

「沙映さん」

「あたし、帰ります」

「そうなの。貴人は一緒ではないの?」

思わずおばさまを睨みつける。
一緒にいてたまるか!

あたしの表情におばさまは肩を小さく竦め、使用人に言った。

「沙映さんをお家まで送って差し上げて」

「へ…でも坊ちゃんはいいので?」

なんか下町の風情を感じさせる物言いの使用人の言葉に、おばさまはふっと小さくため息をついて首を振った。

「いいのよ」

「へい」

あたしはその言葉を聞いて、おばさまに頭を下げると、無言で車に乗り込んだ。

 

走り去る車。

「何やったのかしらあの子」

香苗はやれやれと頭を振って、ホテルへと消えた。

 

次のページ

戻る

目次