Vol.1

No.4:思い返すは昨夜の…

 

次の日。

昨夜荒れに荒れたあたしは目覚ましで目を覚ました。

昨日は眠ろうと目を閉じるたびに貴人のやたらきれいな顔と、唇の感触が思い起こされ、ちっとも眠れなかった。

腹立ちまぎれに目覚ましを投げる。狙いどおりとまったが、なんか目覚ましがかわいそうになって罪悪感。

「沙映?起きたの?」

でかい音をたてたので気にしたのか、恐る恐るといった調子の母親の声。

「起きた」

むっすーっとして返事する。枕をドアに向かって投げてやろうかと思ったがやめた。
物にあたっても仕方がない。

でもまだ両親を許してやる気はない。

昨日家に帰ったあたしを出迎えたのはにやにやした家族の顔だった。
確実に面白がっている顔で貴人君とどうだったのなどと聞いてくる家族に、あたしはガン切れ。

いろいろ泣き叫び、罵詈雑言をわめき、物を投げた。
なにかあったのかと聞いてきたが、あんなこと言えるはずもない。

「金欲しさに娘を売ったお前らの道具になり下がってたまるか!」
と捨て台詞を吐き、お風呂にひっこんで思う存分泣いたのだった。

あんな半狂乱になったのは初めてだった。
そんなあたしを見た家族はかなりびっくりしただろう。
あたしは口はよくないがどちらかといえばなだめ役のほうで、そんな怒る人間じゃなかったし。

これも金持ちの美少年とのお見合いを無理やりさせた両親が悪い。
娘をセレブの仲間入りさせたくなる気持ちはわからないでもないけど、それで怒りが収まるわけでもないのだ。

そんな感じだった昨日のあたしを引きずっているのか、どこか腫れ物に触るように接してくる家族にいらつく。
それでも支度をして学校へ向かった。

今の学校は、あたしの様にもう進路が決まった人とそうじゃない人との差が最も開く時期だろう。
もうすぐセンター入試。、入試本番だ。

あたしは推薦入試で私立大にさっさと決まった組だ。友達にも決まった人が多い。
決まってない人はかわいそうになるくらい頑張って勉強している。

席に着く。

あたしと同じ決まった組の親友、黒崎美晴が席までやってくる。
美晴は小学校からの長い付き合いの大親友だ。
大学は違ってしまったが、大学自体が近いらしいので疎遠になることはないだろう。

そんな美晴はあたしの顔を見るなり顔をしかめる。

「なにその顔。ブスッとして」

「げっ」

学校では普通にしてようと思ってたのに。
付き合い長い美晴は結構鋭い。

「何かあったの?」

「…後でいう。帰りお茶しよ」

美晴になら昨日の出来事を落ち着いて話せるかもしれない。
そう思ったあたしはため息をついてそう言った。

「わかった」

全員各々の都合により聞く気が感じられない授業を消化し、美晴と連れ立って行きつけの店へ。

端の席を陣取ると、ホットティーを注文する。

「で、何があったわけ?昨日家帰ってからでしょ?」

「そうなんだよー…」

あたしは忌まわしい記憶を掘り起こしながら美晴に話した。

帰ったらなぜかホテルに連れてかれたこと。

そのホテルでなぜかおめかしさせられたこと。

いやな予感がしたこと。

お見合いさせられたこと。

その相手がとんでもない美少年だったこと。

二人きりにさせられたこと。

お見合い相手に急にキスされたこと。

逃げ帰ったこと。

家族に当たり散らしたこと。

そんなことを思い返しながら話す。

キスのくだりでは美晴も絶叫…というか、黄色い悲鳴をあげていたが、あたしはもうげっそりだった

「まー災難というかラッキーと言うか…」

「何でラッキーになるのさ!」

 

思わず美晴を睨みつける。
美晴は、おお怖と手をあげた。

「だって見とれるぐらいの美少年で、しかも超金持ちとキスできたなんてさー。
庶民には夢のような話だわー」

「…代わってやろうか」

「やだ。…でもちょっとお目にかかってみたいわーその美少年」

ああ。あたしだってキスなんてされなけりゃ今と全く別の気分で美晴に話ができただろう。

あんな美少年なんてめったいにいないし。
今では腹しかたたないがくらっとしたのも事実。

あたしが憮然としていると、美晴は難しい顔で頷いた。

「とりあえず。もう一回その美少年にあうべきよね」

「なんでそうなるの」

「だってまだ腑に落ちないところいっぱいあるでしょ」

「まーそうだけど…」

腑に落ちない。
それは今の気持ちにぴったりしている気がする。怒りを除けば。

なんでお見合いをすることになったのか。
貴人はひとめぼれしたといっていたが、いつ、どこであたしに会ってたのか。
親にお見合いをいつ頼んだのか。
そーいうことが全くわからない。

まぁ一番知りたいのはなんで急にキスしてきたかってことだけど。

そうは思えるものの、また会うとしたらどんな顔をして会えばいいのか…。

「会いたくないよー。また何されるか」

「なにされるって…気をつけとけば平気だって。
もし本当に沙映が好きなら申し訳なく思ってるはずだし、そうじゃなかったら一発殴る機会があってもいいんじゃない?」

「なるほど…」

「でしょ?もし二人で会いたくないなら私も行くから♪」

「ただ単に会ってみたいだけでしょ」

「まーまー。それもあるけど」

美晴はそう言って笑った。
あたしもつられて笑い返す。

美晴に話したことで、昨日のできごとが整理できたし、やっとあたしは落ち着いた。

「話聞いてくれてありがと」

「うん。面白い話聞けてよかったわー」

「他人事と思いやがって」

「えへへー」

「でもまた会いに行くのかぁ…気が重いわ」

「沙映はその美少年と付き合う気はないわけ?」

直球の質問にあたしは飲みかけたホットティーを噴いた。

「ぶっ!…なんてこと聞くんだよ!」

「えーだって、沙映が怒ってるのってファーストキス奪われたからじゃないの?
昨日何事もなかったら付き合ってた?」

「うー…美晴もあってみりゃわかると思うけど。あんなことしてこなければ絶対その気にさせられてたよ」

「なるほどー。それは残念だったろうに」「でも、もう遅いね!付き合ってもないのにキスしてくるような男とは付き合わないもーん」

あんな手の早いやつに負けたりはしません!
いくら顔がよかろーと、金持ちだろうと、乙女にあがないきれない傷を負わせたんだよあいつは。

「えー。実はクラっときたりしないの?
私だったらイケメンにゴーインにキスされたらちょっとクラっと来ちゃうかも」

「そんなに人に付き合ってほしいの?」

「だって沙映、なかなか彼氏作ってくんないんだもん。
私、早く沙映と彼氏の愚痴りあいしたいなー」

どういう理由だよ。と思って目を細めると、美晴は大げさにため息をついて椅子によりかかった。
美晴にはもう付き合って半年ほどの彼氏がいる。その愚痴りあいとは。
彼氏のいないあたしにはわからないようなことがあるんだろうか。

「全然愚痴ってくれていいのに」

「愚痴ってばっかじゃダメなの。意見交換がしたいのよ私は」

「ふぅーん。でもいなくても意見は出せるじゃん」

「まーそうだけどさぁ…」

「まぁ、頑張ってみるよ。もうすぐ大学にも入るんだし」

「その美少年はもう本当にさよならなの?」

「そんなにやつと付き合ってほしいの?」

「そうじゃないけど…」

歯切れの悪い美晴の言葉。いぶかしく思って聞いてみる。

「そうじゃないけど?」

「そんな怒んないでって」

「怒ってないよ…もう昨日で一生分怒った気がする」

「うん。でもそれが私には不思議なんだよね」

「??」

「私には沙映がキスされたぐらいで半狂乱になるように思えないわけ」

「あたしだって自分にびっくりだよ」

「だから不思議なんじゃん。しかもさ、その相手が大嫌いな人間ならともかく。
うっとりするくらいの美少年なんでしょ」

「でも初対面だよ?」

「でも悪い印象じゃなかったんでしょ?だったらキスされて逃げてきたとしてもそれで家族に当たるかなぁ?
なんもなかったって笑ってればよかったじゃん」

「動転してたんだよ」

「…なるほど。沙映、あんたってうぶだったんだねぇ」

「うるさい」

顔をしかめて言ってやる。美晴はにっこり笑いながら大きく何度も頷いた。

「ね。もし付き合うことになったらちゃんと報告してね」

「はぁ。どうしたらそういう結論になるの?」

「いやー強引な男っていいわぁ。あんたみたいなうぶな子はその強引さに次第に惹かれていくのよ」

「少女漫画の見すぎじゃない?」

美晴は少女漫画大好きなのだ。たまにそういう妄想で発言してくる。
そういえば貴人との出会い方なんてまんま美晴の趣味だ。
美晴はあたしの突っ込みに苦笑した。

「否定できないわね。でも実際いやだと思ってても惹かれたりするじゃない。し、か、も、美少年」

「美少年関係ない。そーいう美晴はそうだったの?」

「ムカってきても気になっちゃうことってあるよね〜」

「はいはい、そうですか」

 

その後もいろいろ話をして、その日は解散した。

家族は相変わらずあたしを気にしていたが、何か聞かれる前に部屋に引っ込んだ。

ベッドに転がって考える。

『沙映さんのこともっと知りたい』
そう言っていた貴人。
思えば、なぜあたしは帰る時貴人に出くわさなかったのだろう。

気が動転していたあたしが階段を駆け降りる間にエレベーターで玄関まで行けば、あたしより早く着いただろう。
そうでなくても、動きづらい服を着ていたあたしより貴人の方が速く走れそうではないか。

貴人がよくわからない。

貴人にキスされたことを思い出すと、今でも赤面してしまう。
絶対、一発殴ってやんなきゃ。

そう思いながらも、なんかどくどくする心臓。腹立つ。


トントン。

「沙映ー?」

「なに?」

兄貴だ。

兄貴は昨日からずいぶんあたしを気にしている。
両親や弟が割と逃げ腰なのに対して、「貴人と何があったんだ?」といぶかしげに何度も聞いてきた。
あんまりしつこいのでクッションを投げつけてやった。

「入っていいか?」

「いやだ。もう寝るの」

「…」

兄貴はいなくなったようだ。

まったく。面白がってるだけのくせに女の傷をえぐろうとするなんてなんて腹の立つ兄だ。

あたしはそっと唇に手をやる。
どくどくいう心臓。あたしは聞こえないふりをした。


いつの間にか眠りについた。

 

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