Vol.1

No.5:彼の真意、ことの全貌

 

次の日、昨日となんら変わらないように授業を消化して帰ろうとしていたあたしは、
別のクラスの女子生徒たちの声ではたと足をとめた。

「ねーさっきの人、超かっこよかったね!」

「マジにきれいだった!そこらへんの芸能人よりいい!」

「話しかければよかった〜」

「何であそこにいたんだろう」

「だれか待ってたりして」

「えー彼女いんのかな。ショックー」


まさかね…

そう思って美晴と連れだって学校を出ようとしたが、校門に立つその人を見ていやがおうにも心臓が動き出したのだった。

「沙映?どーしたの」

「み、美晴。どうしよう。いるよ」

「いるって…」

美晴もあたしの視線の先を見て目を丸くした。

 

彼―貴人は校門に背を預けて立っていた。
長めのコートにジーンズ。高そうなブーツ。
背は高くないものの、モデルのようにすらっとした見目麗しい容姿は相変わらず人目を引く。
ポケットに手を入れ、何やら物憂げに立つ彼は、校門を通るすべての生徒から注目を集めていた。

「え。まさかあれが例の…」

「そうだよ!どうしよ…」

姿を見ただけで、心臓がバクバクしていうことをきかない。
会ったら殴ってやろうと思っていたがこの体は言うことを聞いてくれるのだろうか。

「うわぁー。遠目でも激美しいじゃん。呼んでこようか?」

「こんなところで!?みんなに見られるよ!」

校門から25メートルほどの陰にそそくさと身を隠し様子をうかがう。

ほかの生徒は貴人を気にしながらも、彼に話しかける者はいなかった。


あたしはどうしようか悩んだ。

@知らないふりをするor気付かないふりをする
A仲良さそうに話しかける
B怒りながら因縁をつける
C問答無用で殴る

「うううう。助けて美晴!」

「あ。こっち見たよ」

「え!?」

思わず校門の方を見るとばっちり目が合ってしまった。

彼は嬉しいような悲しいような複雑な微笑みを浮かべて頭を下げた。

「見た感じやさしそうでいきなりキスする人に見えないんだけど」

「あたしだってそう思った」

見つかったものは仕方ない。諦めて彼のいる校門へ向かう。

「沙映さん…」

「…」

なにを言えばいいかわからない。
目を合わせずにうつむく。
周りの人の視線を感じて、いたたまれなくなったあたしは…

逃げた。

 

そして今、あたしの目の前には彼が座っている。

さすがの貴人も気まずいのか、うつむき加減で時折あたしを見つめてくる。
あたしの隣に座る美晴は愛想笑いを浮かべている。

「お待たせいたしました。こちら、ホットティーでございます」

「…ありがとう」

貴人が店員にほほ笑みかける。
女性店員は5割増しの笑顔で足早にいなくなった。

無言がテーブルを支配した。

あたしはホットティーに口をつける。

あつっ!

「…」

内心舌を出しながら痛みに耐えていると、貴人が切り出した。

「沙映さん。この前は本当にごめんなさい。…これ」

紙袋を差し出す。中身をみると、あたしがあの日着て行ったカジュアル万歳の服たちだった。

「…」

無言でいると、隣から美晴の肘鉄を食らった。

「ど、どうも…」

貴人は悲しげに微笑む。
ちぇっ。薄倖の美少年に見える。美少年ってずるい。美晴はもう完全に彼の味方だ。

じゃなきゃここに連れてこないだろう。

 

あたしが逃げた後、美晴から電話があった。

いつものところで、と。
言われたとおりに来てみたあたしは、内心やっぱりなと思いながらも大げさにため息をついて二人を見たのだった。

「ね、沙映。彼のこと許してあげなって」

「あんた…なに感化されてんの?」

美晴の一言にムッとする。
目に見えて不機嫌な表情になったあたしを見て、美晴はあたしをあわててトイレに連れて行った。

「ごめんごめん。でもさ、会ってみて思ったわけだよ。貴人君、本当に沙映が好きなんだと思うよ?」

「何話したの?」

眉間のしわが深くなるのがよーく分かる。
美晴はあたしのそのしわを人差し指でぐぐっと押した。

「私が気になったことはほとんど聞いたわよ。でもそれは私が言うことじゃないと思うから、沙映、聞いてみな」

「……」

またあたしを連れて席に帰った美晴は、あたしを席に押し込み笑顔で貴人に言った。

「私、用事があるから帰るわねー」

「えっ!?ちょ、美晴!」

あわてて立ち上がろうとするあたしを美晴はがしっと抑え、耳打ちした。

「大丈夫だよ。こんなとこじゃ急に襲われやしないから。
とりあえず話だけ聞いてみなよ。付き合うまで行かなくても♪」

「それは絶対ない!」

「いい?気になったことは全部聞いてみればいいわ。彼はほんとに反省してるみたいだから」

「うう…」

美晴はまた貴人に笑顔を見せると風のように消えた。


「沙映さん」

ぶっすーとするあたし。でも、あんまり怒るのも大人げないと思い、返事はした。

「なに?」

「本当にごめんなさい」

「うん。反省しろっ」

あたしは偉そうに腕を組みふんぞり返った。

「はい。とっても反省します」

貴人は神妙な表情で頷いたが、なんか嬉しそうに見えた。
そんなにあたしと話せるのがうれしいか。

疑問に思ったら聞け。美晴に言われたとおり、いろいろ聞いてやろうと口を開いた。

「何で…あんなことしたの」

あたしの問いに貴人は視線を彷徨わせた。
少しためらったあと、済まなさそうに口を開く。

「本当にごめんなさい。僕も、君を怒らせるつもりはなかった。
ただ、君と会えたことが…話せて、そばに君がいるってことがうれしくて…」

ぽつぽつ話す貴人のほほがうっすら朱に染まる。
でも、聞いているこっちはもっと赤くなっているんだろう。
ほほが熱い。

「こんなこと言ったらまた怒るかもしれないんだけど…すごく、君が可愛くて。
その…自分が止められなくなっちゃったんだ」

わぁぁぁぁ。やめてくれぇー!!
今のあたしはゆでダコ並みに赤くなっているだろう。
ホットじゃなくてアイスにすればよかった!

無意識にほほを抑えるあたしに、貴人はあわてて付け足した。

「あっあの。別にどんな女の子にもするわけじゃないよ?…僕も自分に驚いてるんだ」

「…」

「嘘じゃないよ!」

「わ、わかったよ!」

「信じてくれる?」

「う、うん」

頷くと、貴人がほっとしたように笑った。
こんなことがあったのに反則的にかわいいと思えてしまう。もだえるよ。
この人があたしを好きだなんて信じられん。

「…ねぇ。なんでお見合いすることになったのか気になるんだけど」

聞くと、貴人はまたうっすらほほを染めて、照れたように笑った。
いちいち気に障るぐらいかわいい。…誉めてるわけじゃないけど!

「うん。話すよ」


貴人があたしを初めて見たのがなんと今から5年前の話らしい。
昔の話が急に出て驚きを隠せない。

貴人はあたしが友人をかばっているところを見たといった。
一瞬記憶にないと思ったが、そういえばそんなことがあった。
中学の頃友達だった子がきつめのグループにいじめっぽいことをされていたのだ。
何度かそれをかばうというか食ってかかったことがあった。
どうやらそれを貴人に目撃されていたらしい。恥ずかしい。

「その時はやさしい人なんだと思っただけだったけど…」

その2年後、貴人はまたあたしを見かけたらしい。そのことはよく覚えていた。

その時のあたしはギャル系に食ってかかっていた。
よくある色恋沙汰にまつわる嫉妬だった。
そのギャルと、美晴がひとりの男をめぐって争っていた。
…というか、そのギャルが好きだった男が美晴を好きで、ギャルに美晴が一方的に攻撃を受けていたのに食ってかかったのだ。

「街で見かけたとき、すぐあの時の人ってわかった。正義感の強い子だなぁと思ったんだけど…」

「うーん…」

あたしはギャルたちのたまり場を偶然通りかかり、美晴のことを悪く言うギャルに腹が立って食ってかかった。
ギャルたちも当然怒り、言い争いになった。貴人はそこらへんから近くにいて、止めるべきか悩んでいたらしい。
だが、多勢に口で勝てるはずもなく、あたしはボロくそになじられて突き飛ばされ、ギャルたちはいなくなった。

「僕はその様子を見てたから、心配になって声をかけた。…覚えてない?」

「え?…」

座り込んだまま、悔しくて泣いたことはよく覚えている。
その当時美晴についてあることないこと悪いうわさが流れていた。
だからそんなことをいうギャルたちが許せなくて、美晴が傷つくのを見てられなかった。
まあ結果としては無駄だったわけだけど。

でも、話しかけてきた人なんていたっけ?

「沙映さんは泣いてた」

貴人の明るい茶色の瞳があたしを覗き込む。

…だいじょうぶ?

「あっ」

同じ色の瞳を覚えている。
悔しくて腹が立って、でもどうしようもなくて。その気持ちが嫌でずっと忘れようとしてた。

「思い出してくれた?」

「そういえば…なんか話しかけてきた人がいた。でも泣いてるとこみられたと思って顔をよく見なかったんだ」

「そうかもね。君はあわてて帰っちゃったし。でも僕はなんか君の涙が頭から離れなくて…
強くて弱い君を守りたくなった」

そう言って貴人が笑う。
あたしは恥ずかしくて、平気でそんなことを言える貴人に胡散臭い視線を送ってやった。

「もちろん、すぐ君を守りたいなんて思ったわけじゃないよ」

あたしの視線の意味をくみ取ってか、苦笑気味に言う貴人。

「君が頭から離れなくなってずっと考えてた。君の泣き顔はすごくきれいだってぼんやり思って…
でも、君に泣いてほしくないって思った」

「…」

さっきから赤くしかなれない言葉ばかりだ。
走ってもないのに心拍数が上がってる。

「それは一目ぼれって言わない?」

「…あたしに聞かないでよ」

あたしのセリフに貴人はクスッと笑った。
やっぱりたとえるなら天使だ。堕天使貴人はきっと気のせいだったんだろう。

「で、僕がなぜ君とのお見合いまでこぎつけたかというと。君に話しかけた時、君の名札を見て苗字を覚えてたんだ」

「ええ。でもそれだけじゃ…」

「うんうん。でも制服で、この辺りの中学ってことはわかった」

「制服も個人情報なんだね…」

「でも僕はそのあと日本を出ちゃったから、君がどの高校に行ったかわからなかったんだ」

「ええっ。外国行ってたの?」

「うん。っていっても、僕はほとんど海外にいたから。こっちに祖父母の家があるからたまたま」

「へぇー。でもこんな特に栄えたわけじゃない町にねぇ」

目を丸くして相槌を打つあたしに貴人は肩をすくめる。

「母方の祖父母なんだ。まぁお金持ちではあるけど。昔から住んでるこの町がいいんだって。
でも僕はいい町だと思うよ」

君もいるし。とにっこり笑って言う貴人にもはや何かを言う気もうせ、話の先を促した。

「そうそう。向こうで生活してたんだけど、その時君のお兄さんにあった」

は?

「え?お兄さんって、え?」

「君のお兄さんだよ。鳴海翔さん」

「ま、まさか…」

あの兄貴と貴人がつながっていたとは!!

ぐオォォー!!

そういえばそういえばだよ。
ここ最近兄貴はなんだか怪しかった。
彼氏はできたかって聞いてきたり。
いい男紹介してやろうかって言ってきたこともあった。蹴っ飛ばしてやったけど。

それにだ。
あたしが怒ってた時、しきりに何があったか聞こうとしてた。
昨日もそうだ。そういえば、貴人、て呼んでたし。

それは。こういうことだったんだ…!

「えーっ!!」

「沙映さん、怒らないで」
兄の数々の疑わしい行動を思い出しぶるぶると震えるあたしに、貴人はあわててふるふると首を振る。

「翔さんは留学してて、僕の家の近くのキャンパスに通ってた。
町で会った時、ちょっと困ってるところを助けてもらって。日本人だってわかったからいろいろ話をした」

それで、出身地がここであることや苗字が鳴海ということ、妹がいるということを聞き、
見せてもらった写真を見てあたしがわかったらしい。

「本当に偶然だったんだ。お兄さんに会えたのは」

「兄貴になんて言ってたの?」

なんか聞きたくない。でも聞かずにはいられなかった。
あたしに言ってるようなことを兄貴に聞かせてると思うと恐ろしい。

「別に翔さんの留学中は好きだとは言ってないよ。それとなく沙映さんのことを聞いたりしたけど。
さすがに一目ぼれで協力してくれとは言いづらいし恥ずかしかったし…」

「ほっ」

「で、半年ぐらい前に帰国して、改めて連絡取ってみたんです」

「ううう…」

「それでまぁ、僕もなかなか勇気が持てなくて。君にどうやって近づこうかって。
翔さんにいろいろ相談してたら、お見合いなんて言う話が飛び出して」

「…」

お見合いは兄貴の仕業か。家に帰ったら蹴っ飛ばしてやる。

「たまたまその話を僕の両親に聞かれて…」

その時のことを思い出したか、貴人はため息をついた。

「で、いつの間にか話が進んでしまって。僕は君のご両親に挨拶しに行かされた」

「なんてことだ!」

「本当にごめんね。で、まぁ…こういうことになったというわけです」

「はぁぁぁぁ…」

大げさにため息をつくあたしに、本当にすまなそうな顔を向けてくる貴人。

「沙映さん」

「うん」

「許してもらえますか」

「うっ」

あたしは貴人の目を見たことを後悔した。
消費者金融のCMにでれるぐらいのすがるような瞳。
こいつは本当にずるい。

「僕、沙映さんが了承しない限り二度とあんなことしないから」

「了承したらするのかよ!」

「はい。だって僕沙映さん好きだから」

にっこり笑う貴人にもう言葉も出ない。

「わ、わかったよ!絶対だよ。半径1メートル以内に近づくの禁止だからね!」

「1メートルか…がんばります」


まぁ仲直りのようなものをしたあたしと貴人は、連れ立って店を出る。

 

「沙映さん」

「なに?」

「いつかは好きになってもらうから」

ぶっ・・・」

 

言ってくれるな!

負けてたまるかぁー!!

 

こうして、あたしと貴人との恋愛バトルが始まった。
バトルか・・・

 

「の、望むところだいぃっ!」

「うん。じゃ、今度デートしよ♪」

「でででーと!?」

 

…勝てるんだろうか。

 

貴人はあたしを家まで送り、「また会いに来る」と言って帰って行った。

 

家に帰ったあたしは、とりあえず兄貴に飛びひざげりを気のすむまでくらわせ、もやもやした気持ちを払拭したのだった。

 

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