Vol.1
No.7:どうして心乱れるのか
今日はどうもみんなと予定が合わず一人で帰ることになったあたしは、今日の晩御飯を思いながら惰性で校門へ向かっていた。
今日は貴人はいるだろうか。
なぜだか不定期にあらわれる彼はいま何してるんだろう。ふっとそんなことを考えながら玄関で靴を履き替える。
校門に目をやると定位置に彼が立っていた。
だが、彼は誰かと話しているようだ。
別に気になりはしない。そう思いつつ、ゆっくりとした動作で校門へ向かった。
よく見える位置で足を止める。
貴人と話していたのは別クラスの美少女西畑かおりさんだった。
うちの高校ではずば抜けてかわいい部類に入る(のでさん付け)。
貴人はいつもの笑顔を見せ、西畑さんもはにかんだような笑みを浮かべている。
ものすごくかわいい。…どっちも。
校門をちらほら通りすぎる生徒たちも美少年と美少女の組み合わせに目を奪われているようだ。
少し離れたあたしの位置まで、楽しそうな西畑さんの高い声が届く。
「そうなんだぁ。うふふっ」
なんか、すごく楽しそう。
あたしは貴人に会う気もうせ、しばらく二人を眺めていた。
どうしよ。邪魔しちゃ悪いよ。楽しそうだし?
ああ、貴人がいつものように笑ってる。
あたしが向けられることにやっと慣れてきた笑顔。
貴人は、ああやってみんなにも笑うんだ。
ほんの少し冷たくなった手を握りしめ、どうしようか思案する。
南門から出てもいいんだけど結構遠回りなんだよなー。
…でも何で貴人のためにあたしが遠回りしなきゃいけないんだ。
考えているのもむしゃくしゃしたので、貴人のいる門を黙って通り過ぎようとした。
「あ、沙映さん」
呼ばれたら答えないわけにはいかない。
小さくため息をついて振り返る。
「なに?」
「沙映さん今日暇?」
「暇じゃない」
「・・・」
にこやかに聞いてきた貴人に目も合わせずに即答すると、貴人が黙った。
気配がして振り返ると、すぐ近くに貴人がいた。
1メートル協定があったから忘れかけてたけど、こいつの間近の眼力はものすごかったんだった。
思わず後ずさる。
「ちょ、1メートル以内」
「…沙映さん」
あたしが下がったままの距離を保って貴人が聞いてくる。
「本当に今日予定があるの?」
「あるよ!暇じゃないって言ってるでしょ!」
なんでこんなにイライラするんだろう。
そんなあたしの言葉に答えたのは貴人の声じゃなかった。
「鳴海さん用事あるなら、貴人君、今日映画一緒行かない?」
「沙映さん…」
「行ってきなよ、あたし用事あるから帰る」
なぜかむしゃくしゃする私はそのままきびすを返して歩き出した。
貴人があたしの前に回り込む。
あたしは眉をひそめた。
「なに?暇じゃないの」
「どうしたの」
「べっつに。どうもしない」
そう言って貴人の横をすり抜けようとした。
あたしの腕を貴人が掴む。それを振りほどいて睨みつけた。
「怒ってるじゃない」
「怒ってない!」
自分でも怒ってるとしか思えない声。貴人はため息をついて首を振った。
「…あの子とは行かないよ」
「そんなのどうだっていい。あんたがだれと何をしようとあたしには関係ないし」
「じゃあどうして怒ってるの」
「怒ってない…」
「うそ」
「あんたがさっさと帰らしてくれないからいけないんでしょ」
「じゃあ送るよ」
「一人で帰れる!」
足早に帰り道を歩き始めると、貴人が後ろから付いてきた。
「一人で帰れるって言ってるでしょ。ついてこないで」
「いいじゃない、一緒に帰るぐらい」
その言い方すらかわいいのが腹が立つ。舌打ちして小走りで家路を急いだ。
貴人はしつこくついてくる。
あたしはイライラして立ち止ると、振り返って言った。
「今ならまだ西畑さんいるかもよ!暇なら映画でも見てくればいいじゃん」
とたん、貴人が目を細める。
怒らせたらしい。
だがあたしも同じぐらい怒っていた。自分でもわからない何かに。
目を細めた貴人は少し怖い。初めて会った時の堕天使貴人だ。
あの時は怒ってはいなかったが今は完全に怒っている。
「僕は彼女と映画に行くためにあそこで待っていたわけじゃない」
いつもより低い声音。
目を細めたままじっとあたしを見つめる瞳を、負けじと睨み返す。
「そんなの、知るわけないでしょ」
あたしの言葉に、貴人はいらだちを隠そうともせずにますます目を細めて近づいてくる。
1メートルの境界を越えて。
細められたままの明るい色の瞳があたしを覗き込む。
こうなるともう目をそらすことはできない。
「僕は何回君に好きだと言ったら、君にわかってもらえる??
君を誘いに来たのにほかの女の子と出かけるような男だと、僕は思われてる?」
「あ、たしは…」
ずるい。
この目で見つめられたら誰だって何も言えない。
不思議な明るい色の瞳。
「…」
黙ってしまったあたしから、貴人は離れた。
約束の1メートル。
その距離になってやっとあたしは貴人から目をそらすことができる。
あたしは何か言おうとして、何も言葉にできず。
くるりときびすを返すと歩き出した。
「沙映さん!」
「あたし帰る!」
背中に聞こえる貴人の声に怒鳴り返すと、あたしは猛ダッシュして逃げ出した。
走る。
たぶんもう追ってきていない。あたしはそれを知っていながら走り続けた。
そうでもしないと変なことを考えちゃいそうで。
「はぁ、はぁ…」
さすがにここ最近の運動不足がたたり、あたしの走るスピードは落ちてきていた。
家の近所の公園までノロノロと足を運び、ベンチにどっかりと座りこむ。
「つ、つかれた」
ゼイゼイと呼吸を整える。
しかし呼吸は落ち着いても頭はちっとも落ち着いてくれなかった。
『僕は何回君に好きだと言ったら、君にわかってもらえる??
君を誘いに来たのにほかの女の子と出かけるような男だと、僕は思われてる?』
貴人の言葉がリフレインする。
あの逃れられない瞳の色とともに。
ぶんぶんと首を振っても、ノリの良い歌を脳内で流してみても、結局貴人のことしか考えられなかった。
どうしてあたし…
「ふ。なんでこうなっちゃったのかな」
自分の気持ちにコントロールがつかないことが何より腹ただしい。
たかだか貴人がほかの女の子と話してたぐらいでイラつくなんて。
あたしらしくない。
「はぁ…」
こういう気持ちをなんと言うのか、知識では知っていても。
でもきっと違う。
ただ単に貴人に振り回されてるのがいやなだけ。
貴人は急に現れて、好きだとかなんだとか言ってくる。
それで心乱されるのはあたしのせいじゃない。
堂々巡りする思考に嫌気がさし、あたしはそれに蓋をした。